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くどいバス/新井由木子

 バスに乗るのは、いつでもなんだか気持ちが弾みます。
 生まれ故郷の式根島にはバスが走っていなかったので、小さい頃に憧れた気持ちが、そのまま残っているのかもしれません。観光バスでなくてもよいのです。路線バスで充分、旅気分、遠足気分です

 車窓に見えるのが、どこにでもある町の風景だとしてもよいのです。そこにある団地や一軒家、オンボロ家や豪邸、それぞれにどんな人が住んでいるのかと想像します。
 今にも崩れそうなあの家には絶世の美女がおり、夜な夜な惑わせた男たちの生き肝を食べているかもしれない。すごい豪邸には、三億円事件の犯人がひっそり暮らしているかもしれません。
 また、焼き鳥屋さんの看板にひよこの絵が描かれていたり、とんかつ屋さんの看板ではかわいい子豚がフライパンを握っていたりと、よく考えると結構怖いものもあって、そんなお店に想像で入ってみるのも楽しいのです。

 そんなバス好きのわたしが、先日久しぶりにバスに乗った時のことです。
 昼時の始発のバスは貸し切り状態。わたしは居心地の良さそうな窓際の席を選んで座りました。楽しいバスの旅の始まりに心躍らせていると、録音されたものらしい女性の声でアナウンスが流れました。
このバスは〇〇経由、△△行きです
 よし、間違ったバスに乗ってはいない。気が利く仕組みだなと思ったのも束の間、再び、
「このバスは〇〇経由、△△行きです」
 と繰り返します。そして、
「このバスは〇〇経由、△△行きです。このバスは〇〇経由、△△行きです。このバスは〇〇経由、△△行きです……」
 3秒もかからないセンテンスを繰り返し続けるアナウンス。これが発車までの10分くらいの間、延々と続いたのです。
 わたしは思わず独りごちました。
くどい!
 大好きなバスに、こんな言葉をぶつけたのは、初めてです。

 こんな録音よりも、運転手さんが生身の声で、出発前のタイミングに
「このバスは〇〇経由、△△行きです。間違って乗っている人はいませんかー」
 と言ってくれたほうが、よっぽど乗客の耳に入ると思いますが、皆さんはどう思われますか?

 バスに怒ったので、ついでに電車にも怒ることにします。

 電車でも、わたしは車窓の景色を楽しみにしています。遠くの空に浮かぶ雲が家々に影を落としていたり、通過する町がそれぞれに違う表情を持っていたり、そんな町に住むことを想像したり。バスとはまた違った光景に、飽きることがありません

 それなのに最近、電車のドアの広告ステッカーが、わたしの車窓見物を邪魔するようになったのです。
 あのステッカーは、いつの間にあんなに上のほうにせり上がってきたのでしょう。以前はもっと控えめに、ドアの下のほうにあったような記憶があります。全国的なことでしょうか。わたしの乗る電車がたまたまそうなのでしょうか。
 扉の前に立ち外の景色を見ようとすると、ちょうど顔の正面に来るステッカー。わたしは心の中で叫びます。
じゃま!

 皆さんは、目の前数センチに突き付けられたものって、見たいですか? そんなことされたら、そういうものからは目を背けませんかね?
 水戸黄門で、かざされた印龍にひざまずく人々も、それをすぐ目の前に突き付けられたとしたらイラついて、やはり素直に恐れ入ることはできないのではないでしょうか。
 ほんとうに人目を引きたいのだったら、目の端に入っただけでも、そのインパクトに思わず引き寄せられて見てしまう、っていうほうが広告として効果があるんじゃないかしらね。

 まったく、どうなってんのかね、最近の世の中ときたら。
 そんなブスッとしたわたしの顔をガラスに映しながら、電車やバスは走っていくのでした。

思いつき書店098文中

(了)

草加の、とあるおしゃれカフェの中の小さな書店「ペレカスブック」店主であり、イラストレーターでもある新井由木子さんが、関わるヒトや出来事と奮闘する日々を綴る連載です。毎週木曜日にお届けしています。

文・イラスト:新井由木子(あらい ゆきこ)/東京都生まれ。イラストレーター・挿絵描き。埼玉県草加市にある書店「ペレカスブック」店主。挿絵や絵本の制作のかたわら書店を営む。著書に『誰かの見たもの 口伝怪奇譚』『おめでとうおばけ』(大日本図書)、『まんじゅうじいさん』(絵本塾出版)ほか。
「東京に近い埼玉県の、とあるカフェの中にあるペレカスブックで、挿絵や絵本を作りながら本屋を営んでいます。生まれ故郷の式根島と、草加せんべいの町あたりを行き来しながら、思いつきで巻き起こるさまざまなことを書いてゆきます」
http://www.pelekasbook.com
Twitter:@pelekasbook

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