わが家の流儀/中澤日菜子
どんなに長く付き合っていたとしても、結婚して初めてわかる相手の癖というか、育ってきた家庭の「流儀」というものが存在する。
うちの場合というたいへん卑近なケースで申し訳ないが、たとえばそれは「洗濯物の干しかた」であったり、「風呂掃除」だったりした。
洗濯物を干すとき、実家の母はあまりこだわらずに干す派だったので、わたしもひょいひょいと適当に干していた。だが夫は違った。
「靴下はゴムがのびちゃうから、つま先を上にして」
「パンツも同じ。できれば上下ひっくり返して干して」と、いちいち小うるさいのである。
だったらじぶんで干せ! と言いたいところだが、わたしはわたしで夫の干しかたには違和感があり、できるだけじぶん流に干したくなっちゃうのである。お互いさまである。
つづいて風呂掃除。実家ではあまり洗剤やカビ取り剤を使わずに、ひたすらごしごし擦って洗っていたので、結婚後も同じようにお湯だけを使っていた。だがこれまた夫の流儀とは異なっており、風呂掃除のときは必ず風呂用の洗剤、もしくはカビ取り剤をまんべんなくかけてから行うこととされていた。
まあ確かに洗剤を使ったほうがカビも取れるしかくだんに綺麗になるので、いまではわたしもなにがしかをかけてから掃除している。
このようにいろいろと家庭により流儀は違うものだが、結婚していちばんお互い驚いたのは、なんといっても「年越し蕎麦の食しかた」である。
結婚して迎えた最初の大みそか。わたしの実家では夕飯のあと、ちょっと遅めの時間帯に年越し蕎麦を食べる習慣だったので、その日もごく普通の夕飯を作ってテーブルに並べた。すると夫がヘンな顔をした。
「あれ? 夕飯お蕎麦じゃないの?」
どうやら夫の実家では、年越し蕎麦が一年の最後の食事だったらしい。
「年越し蕎麦っていうくらいだから、深夜に食べるものでしょう、あれは」
「へえ。そうなのか」
なんとなく納得のいかない顔をしながら普通の夕飯を食べる夫。
まったり紅白を観たりお笑い番組に笑いころげているうちに時は刻々と過ぎてゆく。何の気なしに時計をみた夫の顔色が変わる。
「大変だ、あと三十分で今年が終わる!」
「うわああ! 大至急、作っておくれ!」
わたしの叫びを聞いてキッチンに走り込む夫。大慌てで出汁を取り、なめこや大根おろしを用意し、蕎麦を茹で始める。
「あと五分!」
「焦らせないでくれぇ!」
「あと四分!」
「もうできる、丼スタンバイ!」
「ほいきた!」
こうしてテレビから『ゆく年くる年』の除夜の鐘が鳴り響くなか、わたしたちは滑り込みセーフで年越し蕎麦を食べることに成功したのである。あやうく「年明け蕎麦」になるところだった……危なかった……
結局この「滑り込み蕎麦」が定着し、二十数年経ったいまでも夫が時計を睨みながら年が明ける直前にこしらえて、家族みなで啜るというのが「わが家の流儀」となってしまった。
子どもふたりはそれが当たり前だと思って育っているが、きっといつか所帯を持ったとき「え!? そのタイミングで食べるの!?」と、相手に驚かれるに違いない。むかしのわたしのように。
【今日のんまんま】
これぞ冬の味。鴨の脂と葱のコクが絡みあう熱々の汁に冷たいお蕎麦。んまっ。
文・イラスト・写真:中澤日菜子(なかざわ ひなこ)/1969年、東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒。日本劇作家協会会員。1988年に不等辺さんかく劇団を旗揚げ。劇作家として活動する。2013年に『お父さんと伊藤さん』で「第八回小説現代長編新人賞」を受賞。小説家としても活動を始める。おもな著書に『お父さんと伊藤さん』『おまめごとの島』『星球』(講談社)、『PTAグランパ!』(角川書店)、『ニュータウンクロニクル』(光文社)、『Team383』(新潮社)、『アイランド・ホッパー 2泊3日旅ごはん島じかん』(集英社文庫)がある。最新刊『お願いおむらいす』(小学館)が好評発売中。Twitter:@xrbeoLU2VVt2wWE