子どもの発想/中澤日菜子
この連載の筆者紹介文にも「妻、母、元編集者、劇作家の顔を持つ」と書かれているように、わたしには娘が二人いる。
長女十九歳、次女十七歳ともう大きくて、すっかりコナマイキな生きものに成長してしまったが、十数年前は可愛かった。とくに女の子だからか、おませで口が達者というか、よく面白い発言をしては家族を笑わせてくれたものだ。
たとえば保育園で新しい担任の先生が着任したとき。
「こんどの先生はどんな人?」と尋ねるわたしに向かい、しばらく考えていた長女はひと言「……細長い」とこたえた。確かに細面ですらりとした女性だったが、まさか「細長い」という形容詞が返ってくるとは思わなかったので、しばし面食らったあと笑い転げた覚えがある。
他にも長女の言い間違いは面白くて、「こんど二段ベッドにしようと思うんだけど、どう思う?」と聞いたところ、「あたしは三番ベッドがいい!」と叫んだり、「じゃがいも」が上手く言えなくて、ずっと「じゃがいもの」となぜか語尾に「の」がついていたりした。
また「蚊」という一文字が理解できなかったらしく、「蚊に刺された」というところを「かにに、かにに刺されたー」と騒いでいた。かにに刺される……それはそれで痛そうだ。
キュウリとキウイについても長く勘違いをしていた。
スーパーに行って「キュウリ買って帰ろうか」と聞くと、「すっぱいキュウリ買ってね」と必ず念押しされたものだ。
どうやら長女のなかでは「キュウリ」と「キウイ」が同じ音に聞こえていたらしく「ふつうのキュウリ=緑色の細長い野菜」、「すっぱいキュウリ=酸味のある美味しいくだもの」と認識していたようだ。
キュウリとキウイ。確かに口のまだ回らない子どもにとっては、かなり難易度の高いことばだったに違いない。
妹のほうも姉に負けずにいろいろ面白発言をしてくれたものだが、彼女についていちばん覚えているのは、とある夏、家族旅行で飛行機に乗ったときのことである。次女にとって、確かそれが初めての飛行機ではなかったか。
離陸後しばらくして機内サービスで、プラスチックのコップに入ったジュースが配られた。ジュースにはストローが刺さっていたが、自宅ではそれまでストローというものを使わせたことがなかった。こぼしてしまうので、幼児用のふたのついたコップを使い、直接ジュースだのお茶だのを飲んでいたのである。
初めてストローに接した次女は明らかに戸惑っていた。だが姉の飲むようすを見、すぐに真似をしてちゅうちゅうジュースを吸い始めた。
「初めてのストローだね」
「上手じょうず」
褒めたたえる家族。得意げにジュースを飲んでいく次女。
だがそのうちジュースが残り少なくなってしまった。家で使っているコップのように傾けても、ストローが容器のなかで浮いてしまい、底にたまったジュースを飲むことができない。
「ママ、ジューチュが飲めない」
半泣きの次女に向かい、わたしは優しく諭した。
「頭を使って飲んでごらん」
少しでも我が子の脳みそを鍛えようという母心である。
「わかった」
頷いた次女は、難しい顔のまま、ストローを額に押し当てた。ことば通り「頭を使って」ジュースを飲もうとしたのである……いやあ可愛かったなあ……
そんな二人もいまではすっかりいっちょまえのお姉さんになってしまった。背もわたしより高い。
十数年前は子育てでいっぱいいっぱいで「早く解放されないものか」とばかり考えていたけれども、いま振り返ると、もう二度と味わえない貴重な時間を子どもたちに貰っていたのだなあと思う。
次は孫? いやいや孫育てはさすがにまだ勘弁してもらいたいものである。
【今日のんまんま】
金沢にて食したイタリアン。イカスミのラグーソーススパゲッティ。濃厚なイカスミにこりこりとしたイカの身が絡み合い、とってもんまっ。
(EVANS)
この連載では、妻、母、元編集者、劇作家の顔を持つ小説家であり、新刊『働く女子に明日は来る!』(小学館)が好評発売中の中澤日菜子さんが、「んまんま」な日常を綴ります。ほぼ隔週水曜日にお届けしています。
文・イラスト・写真:中澤日菜子(なかざわ ひなこ)/1969年、東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒。日本劇作家協会会員。1988年に不等辺さんかく劇団を旗揚げ。劇作家として活動する。2013年に『お父さんと伊藤さん』で「第八回小説現代長編新人賞」を受賞。小説家としても活動を始める。おもな著書に『お父さんと伊藤さん』『おまめごとの島』『星球』(講談社)、『PTAグランパ!』(角川書店)、『ニュータウンクロニクル』(光文社)、『Team383』(新潮社)、『アイランド・ホッパー 2泊3日旅ごはん島じかん』(集英社文庫)、『お願いおむらいす』(小学館)がある。最新刊は『働く女子に明日は来る!』(小学館)。
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