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ハイカラ野菜が通る/中澤日菜子

 わたしが子どものころ、野菜の世界はシンプルだった。
 トマトならトマト、キャベツならキャベツ。ブロッコリーはブロッコリーしかなかったし、菜っ葉といえば小松菜かほうれん草といったぐあい。
 だが最近(でもないか。ここ二十年くらい?)、野菜界にはぞくぞくと新顔があらわれている。スーパーの野菜売り場に行ってもそう思うし、レストランや居酒屋でも初めて見る野菜を食す機会が増えた。

 先日、友人と八王子で飲んだときのこと。メニューに「八王子野菜のサラダ」なるものを見つけた。八王子野菜。これは食べてみなくては。さっそく注文する。
 出てきたお皿には十二種類もの野菜が並んでいた。
 ミニトマト、白菜、人参。ほうれん草にルッコラ。このあたりは馴染み深い面々である。だがそのほかの野菜は、食べたことはあるかもしれないが、初めて意識するものばかりであった。

 紅くるり大根、中まで真っ赤な大根。シルクスイート、上品な甘さのさつま芋。サラダケールは栄養たっぷりで、スティックブロッコリーは野菜のなかでもトップクラスのビタミンCを誇ると説明書きに書いてある。
 その他、紫水菜にサラダ春菊。プチヴェールといういちばん見慣れない野菜は、ケールと芽キャベツを掛け合わせてできたものらしい。

「あ、この野菜、実家でお母さんが育ててる」
 友人が指さしたのはスティックブロッコリーという茎の長くて小ぶりのブロッコリーと、プチヴェールであった。プチヴェールはケールと芽キャベツを両親に持つ。芽キャベツはぎゅっと葉っぱが固まっているのがふつうだが、そこにケールが入っているためか、なんというか「すいません、巻くの面倒なんで広げっぱなしで生きてきちゃいました」といったかたちをしている。味も芽キャベツとケール、半々の味がする。

 友人のお母さんはうちの親と同世代だから八十歳近い。それでもこんな「ハイカラ野菜」(友人談)を、市民農園で借りた畑でせっせと作っているという。
「ほかにもね、聞いたことのない野菜の種を蒔いては収穫しているよ」
「それは楽しそうだね」
「うん。よくうちにも差し入れてくれるけど、いつも『どんな味なんだろう』ってわくわくするよ」
 友人のことばに思わず感心してしまう。

 人間、歳を取るとどうしても保守的になり、食べ慣れたものを選んでしまいがちだが、そこを果敢に攻めていくご両親の意気やよし。好奇心万歳、友人のご両親よ、末永く健やかであれ。
 時は春、野菜の種蒔きには絶好の季節だ。わたしも友人のご両親を見習って、マンションの狭いベランダに置いたプランターででも、新顔野菜を育ててみようかと思う。

【今日のんまんま】
本格ハンバーガー。アボカドチーズにチリビーンズを追加。パテもバンズも大満足のクオリティ。んまっ。

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イル フロッグス

この連載では、母、妻、元編集者、劇作家の顔を持つ小説家であり、ベランダで野菜も育てている中澤日菜子さんが、「んまんま」な日常を綴ります。ほぼ隔週水曜日にお届けしています。

文・イラスト・写真:中澤日菜子(なかざわ ひなこ)/1969年、東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒。日本劇作家協会会員。1988年に不等辺さんかく劇団を旗揚げ。劇作家として活動する。2013年に『お父さんと伊藤さん』で「第八回小説現代長編新人賞」を受賞。小説家としても活動を始める。おもな著書に『お父さんと伊藤さん』『おまめごとの島』『星球』(講談社)、『PTAグランパ!』(角川書店)、『ニュータウンクロニクル』(光文社)、『Team383』(新潮社)、『アイランド・ホッパー 2泊3日旅ごはん島じかん』(集英社文庫)、『お願いおむらいす』(小学館)がある。小学館P+D MAGAZINEにてお仕事小説『ブラックどんまい! わたし仕事に本気です』連載中。
Twitter:@xrbeoLU2VVt2wWE