2020年9月1日火曜日、ミラノ。学校が再開する日の日記 /ドメニコ・スキラーチェ
コロナ時代の学校と子ども〜イタリアの校長先生が伝える「これから」の教育〜vol.1
イタリアの科学系名門高校「アレッサンドロ・ヴォルタ高校(以下、ヴォルタ高校)」のドメニコ・スキラーチェ校長先生著『「これから」の時代(とき)を生きる君たちへ』の発売から4カ月。新型コロナの影響による休校を乗り越えて、いかにして安全に、スムーズに学校を再開させたのか――スキラーチェ校長先生が、リアルな情報や子どもたちへの思いを綴る連載です。
6時20分。
目覚まし時計のアラームが鳴り、私は夢の世界から現実に引き戻される。今日は、新型コロナウイルス感染症(Covid-19)によるロックダウン後、初めての登校日だ。
起床前にざっと計算してみた。2月22日土曜日の13時15分から、191日と16時間55分。生徒と先生にいつものように「来週の月曜日にまた会おう」と約束し、待ちに待った休日に心躍らせながら学校を出た時間だ。
しかしその週末、その約束をくつがえす考えられない出来事が起きた。政府からの要請で、ミラノとミラノのあるロンバルディア州で学校の閉鎖が決まったのだ(のちに、イタリア全土でも閉鎖が決まった)。多くの市民が新型コロナウイルスに感染し、病院は患者であふれ、多くのかたが犠牲となった。そして何よりも、死者数が3日で倍増するという恐るべき速度で増えている状況を考慮しての措置であった。
学校閉鎖は、たとえ戦争中であっても、イタリアでは起こったことがないというのに。
私たちは皆、現実に起こっていることを理解しようと、多大な努力をした。一般市民だけなく、多くの専門家、医師、科学者にとっても、過去に誰も経験したことのない現象、過去に誰も研究や観察をしたことがない病気だった。予測のつかないことが次々と起こり、本当に確かなことは何か、私たちの理解を超えていた。
私たちは人間だ。新しい出来事、とくに私たちの確信に疑問を投げかける出来事が起きたとき、それを理解するのは大変な労苦であり、限界がある。
7時。
朝、この日最初のコーヒーを飲みながら考える。学校で生徒たちに再会し、教室や廊下が生徒たちの声で活気づいていく様子を見る――なんと素晴らしいことだろうと気持ちが高まる。ワクワクしている。
始業にあたって全員の前で話をしたい気持ちはあるが、今年はそれができない。私の学校には1224人もの学生がいる。それほど広い場所はなく、何よりも健康上のリスクを回避するため、大人数が一堂に会する事を禁止しているのだ。私はマスクをした彼らと、目と目で挨拶する。それで満足だろうし、普通に挨拶するのと同じように喜ばしいことだろう。
私は、君たちに再会した幸せを手紙に書きたい。そして、私が見過ごしたすべてのこと、一つ一つについて。問題をもたらした人たち、規律を守らない人たち、体の虚弱な人たち、その他のすべてのことについて。
コロナ禍で最も大変な状況に置かれたのは君たち、生徒だ。数ヶ月におよぶ休校と遠隔学習(eラーニング)によって、とても高い代償を支払ったことだろう。とくに学習に苦労している人、経済的に苦しい家庭、オンライン授業を受けるには家が狭く、広々としたスペースがとれない人。学校という場を最も必要とする人たちにとって、非常に大変な状況であったと思う。
生徒たちには、私の心の内をお伝えしよう。君たちのいない学校は、ないも同然の存在であり、世界で最も悲しい場所であり、からっぽで、命を失った死体のようなものだと。私のような学校に携わる者にとって、校舎に誰もいないことは、拷問を受けているも同然だった。
8時。
私は学校の前にいる。あと15分で学校のドアが開く。私は学生や先生に挨拶するのをやめる。ヴォルタ高校は、ミラノの中でも最も早く学校を再開させる学校のひとつで、今日は取材に来たジャーナリストやカメラマン、テレビカメラの姿が見える。その他の学校も、我々に続いてあと数日後に再開する。1年生は9月14日月曜日に始業するので、今日はまだ登校していないが、その日は彼らにとって特別なスタートになることだろう。
多くの若者や数人の先生がインタビューを受け、この特別な日の気持ちを語る。私も学校の前と校内でインタビューをいくつか受け、学生たちが校内に入り、私に挨拶をする様子を見ながら記者と話しをした。
6か月以上沈黙していた廊下は少しざわつき、多くの声が飛び交っている。
再び、学校が始まる。なんと素晴らしいことだろう。
このコラムは、毎月2回(中旬/月末)のペースで更新します。コロナからちょうど1年後、2021年3月まで続く予定です。ご期待ください。(編集担当:原田敬子)
文:Domenico Squillace(ドメニコ・スキラーチェ)/イタリア・ミラノでもっとも権威のある高校のひとつ、「アレッサンドロ・ヴォルタ高校」校長。1956年、南イタリアのカラブリア州・クロトーネ生まれ。25歳のときに大学の哲学科を卒業、ミラノの高校で26年間、文学と歴史の教師を務める。 その後、ロンバルディア州とピエモンテ州で6年間校長を務め、2013年9月から現職。26歳になる娘のジュリアはオランダ在住。趣味は旅行、読書、そして映画館へ行くこと(週に3回も!)。犬が大好き。