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大河ファンタジー小説『月獅』63 第3幕:第15章「流転」(6)
これまでの話は、こちらのマガジンにまとめています。
第3幕「迷宮」
第15章「流転」(6)
<あらすじ>
「孵りしものは、混沌なり、統べる者なり」と伝えられる天卵。王宮にとって不吉な天卵を宿したルチルは、白の森の王(白銀の大鹿)の助言で『隠された島』をめざし、ノア親子と出合う。天卵は双子でシエルとソラと名付ける。シエルの左手からグリフィンが孵る。王宮の捜索隊に見つかり島からの脱出を図るが、ソラがコンドルにさらわれた。
レルム・ハン国では、王太子アランと第3王子ラムザが相次いで急逝し、王太子の空位が2年続く。妾腹の第2王子カイル擁立派と、王妃の末子第4王子キリト派の権力闘争が進行。北のコーダ・ハン国と南のセラーノ・ソル国が狙っている。15歳になったカイルは立宮し藍宮を賜る。藍宮でカイルとシキ、キリトが出合う。『月世史伝』という古文書を見つけたシキは、巽の塔でイヴァン(ルチルの父)と出合い、共に解読を進める。レルム・ハンの建国前に「月の民」という失われた民がいたことがわかる。
王妃からキリト王子の師傅を要請されたラザールは、王子との謁見のため真珠宮を訪れる。
<登場人物>
カイル(17)‥第2王子(貴嬪サユラの長男)、成人し藍宮で暮らす
キリト(12)‥第4王子(王妃の三男)
ラザール‥‥‥星夜見寮のトップ星司長、シキの養い親
シキ(12)‥‥星童、ラザールの養い子
ナユタ(27)‥カイルの近侍頭
ダレン伯‥‥‥内務大臣兼辺境警備長官、天卵捜索艦隊指揮官
イヴァン‥‥‥天卵を生んだルチルの父、巽の塔に幽閉、
シキとともに『月世史伝』を解読する
アトソン‥‥‥トビモグラ、ルチルを地下道で白の森に導いた
<レルム・ハン国 王家人物>
ウル‥‥‥‥‥国王・母である王太后の傀儡
ラサ‥‥‥‥‥王妃、アラン・ラムザ・キリトの母
サユラ‥‥‥‥貴嬪・カイルの母
アラン‥‥‥‥第1王子・逝去(享年18歳・王妃の長男)
ラムザ‥‥‥‥第3王子・逝去(享年14歳・王妃の次男)
<補足>
藍宮‥‥‥‥‥‥カイルの宮
レイブンカラス‥王直属の偵察カラス
『黎明の書』‥‥王国の史書・天卵に関する記述がある
『月世史伝』‥‥古代レルム文字で書かれた幻の古文書
星夜見の塔‥‥‥王宮の南端にある星夜見をする塔
ノリエンダ山脈‥王国の北の国境となる山脈
セラーノ・ソル国‥南海の群島に君臨する海洋国家
キリト王子との謁見を終え、ラザールが正式に師傅を拝命してからひと月半ほどが経っていた。ダレン伯を指揮官とする捜索隊がリンピアの港を華々しく出航して三週間あまり。その余韻が冷めやらぬ中のできごとだった。
十日前の昼過ぎにゆるい地鳴りがした。市場の果物屋のりんごの山から、一つ二つがころころと転がる程度の揺れだったが、星夜見の塔から海上を見張っていた物見は、はるか南の海上で火の礫が天に向かって吐き出されるのを目撃した。その直後に雷鳴が轟き、海も陸も突如嵐にのまれた。かの物見によると、火の礫があがる直前に巨鳥がノリエンダ山脈の方角に飛んでいったという。これも何かの予兆ではないかと色めきたつ者もいたが、南海に無数に点在する小島の一つで火山が噴火し天を揺るがしたにすぎぬというのが、おおかたの見方だった。
ところが、嵐がおさまった翌朝、念のためにと派遣されたレイブン隊が驚愕の報せをもたらした。天卵の捜索艦隊が壊滅したのではないか、というのだ。島は噴煙をあげているため近づくことが不可能だったが、双頭の鷲の国旗や艦隊の残骸とおぼしき木っ端が海上を埋め尽くしていたという。それだけでも十分に王宮を震撼させるできごとだったが、その三日後に漁船が丸太につかまり漂流していた艦隊の一員を保護した。救助された兵士によると、島の山には魔物が住み、恐ろしげな鬨の声をあげ、その直後に山が噴火し旗艦が吹き飛んだと語ったのだ。
「天は朱の海に漂う」との星夜見が当たったのだ。天卵による凶兆のはじまりだと、王宮は蜂の巣をつついたような混乱に陥った。さらに島の噴火はセラーノ・ソル国もすでに確認済で、この機に乗じて同国の艦隊が押し寄せるのではないかとの憶測まで流れた。王都リンピアの市街では、家財を荷車にまとめて逃げ出す者が続出するしまつだった。
ラザールは王都の混乱を好機と捉えた。計画を立ててからまだひと月あまり。いま少し準備に時間をかけたかったが、何事にも機というものがある。実行に移す決断をした。
コツン、コツン。
書斎の暖炉からかすかに響く硬質な音をとらえると、ラザールの頬がわずかに緩んだ。隣で膝をつき祈るように固唾をのんでいたシキの頬もうっすらと紅潮する。
あらかじめ灰を取り除いておいた炉床のレンガを、ラザールは金梃で一つ二つとはずしていく。シキも無言で手伝う。観音開きの鉄蓋がしだいに形をあらわにする。レンガをすべて取り除き、鉄の蓋を左右に開いた。
「お待たせしやした」
ぬっと毛むくじゃらの黒い物体が飛び出した。前につきでるようにとがった鼻だけが白い。トビモグラだ。暖炉の穴からは続いてカイルが、カイルの後方を守るようにしてナユタが姿を現した。
「殿下、ご無事で何よりにございます」
暖炉から這いずり出たカイルは、膝の泥を払う。
その御前にラザールが額づく。シキも無言でひれ伏す。
「此度は世話をかけた。心より礼を申す」
「もったいなきお言葉です。ですが、まだ安堵はできません。まずはこれにお着がえください」
町人ふうの粗末な衣服を手渡す。
「ラザールのだんな、あっしはトンネルの残りの仕上げをしてきやす」
トビモグラはそう言い残すと、くるりと穴に消えた。
「ありがとう、アトソン。よろしく頼む」
トビモグラのアトソンは、巽の塔に幽閉されているイヴァン殿から融通していただいた。
カイル殿下をお救いする覚悟を定めてから、ラザールは日夜、方策を練った。王宮にいる限り殿下のお命が風前の灯であるのは明らかだった。派閥争いはすでに後戻りできないところまで進展している。キリト王子にも申し上げたが、行きつく先はカイル殿下の磔刑であろう。その前に殿下を城から救出せねばならない。王宮の者に気づかれずに城外へお逃がしするには、いかにすればよいか。厳しいレイブン隊の監視網をいかにしてかい潜るか。王妃をはじめとするキリト派の動向をキリト王子に探っていただいてはいたが妙案は浮かばない。考えあぐねていたときだった。
シキが『月世史伝』解読のあいまにイヴァン殿から聞いた話をしだした。
「天卵を生んで、王宮から狙われていたルチル様はトビモグラの地下トンネルを使って白の森へお逃げになったそうです」
これだ、と膝を打った。地下からなら人目にふれることなく王宮を脱出することができる。まずは協力してくれるトビモグラを探そうと思った矢先、
「これは秘密ですが」とシキが声を潜める。
「その英雄のトビモグラのアトソンが、イヴァン様の荷物にまぎれて付いて来たそうです。巽の塔の地下に穴を掘って暮らしているとおっしゃっていました」
ラザールの瞳に光が宿る。
「シキ、明日も巽の塔にまいるのか? では、イヴァン殿に……」
ラザールは計画の一端をシキに話し、イヴァン宛に書状をしたためた。
――藍宮からラザール邸まで、貴殿が帯同したトビモグラに地下道を掘ってもらえないか、と。
それがひと月半ほど前のことであった。地下トンネルは嵐の鎮まった翌日に完成した。
同時に、キリト王子からカイル殿下に計画のあらましをお伝えいただき、いつでも出奔できる心づもりでいていただくようお願い申し上げていた。
(to be continued)
第64話に続く。
ダレン伯を指揮官とする捜索艦隊の顛末については、こちらから、どうぞ。
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