大河ファンタジー小説『月獅』40 第3幕:第11章「禍の鎖」(5)
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第3幕「迷宮」
第11章「禍の鎖」(5)
ウル王太子十歳、ラサ皇女八歳の結婚の儀は、あまりの幼さにままごとのかわいらしさであったという。結婚の宴は三日三晩続き、その翌日に突如カムラ王の崩御が公表され、ウルが即位した。トルティタン皇帝ムフルは地団太を踏んで悔しがったが、すでに最愛の姫を嫁がせたあとであり反撃をしかけてくることはなかった。ノルテ村から採掘される鉱石の一割を融通するとの密約が水面下で交わされたとも噂されている。
幼い王と王妃は雛人形であり、実権は長らく母である王太后とその外戚であるルグリス侯爵家が握ってきた。また、トルティタンとの同盟で尽力したウロボス将軍を王太后が重用し、カムラ王が各地に派遣していた兵の撤退指揮を一任した。
対外的な王はウルであり、表面的な実権を握っているのは王太后だが、王太后に執政は荷が重く、裏で太后の兄カール・ルグリス侯爵とウロボス将軍が操っているという複雑な権力構造となっていた。指揮権の複雑化はひずみを生み、さまざまな思惑の温床となる。
ウル王は傀儡であることに素直であった。というよりも、傀儡の意味すらおわかりではなかっただろう。十歳の子どもにとって周りの大人たちの命に従うはごくしぜんなことであり、そこに疑問など起ころうはずもなかった。王太后が五年前に薨去され、ようやくウル王が政を執られるようになった。十歳で即位されてから実に二十五年が経っていた。
もともとのご気質もあったが、傀儡であることに甘んじてこられたゆえにか、なにごともご自身で決断されることがない。臣下の議論が収束するところに従う。平時であれば、皆の意見に平等に耳を傾けることはよき資質ともいえたが。あれは鷹揚というのではなく凡庸というのだ、と陰で嗤うものもいる。
それでも陛下なりに政に真摯に向き合おうとしてこられたと、星夜見のご進講を通じラザールは思っていた。
ところが、アラン殿下に続きラムザ殿下まで亡くされてからは、政への興味を失われている。子を亡くした嘆きの深さ、心にぽかりと空いた昏い虚ろにのまれそうになるお気持ちは、我が子を亡くしているラザールには痛いほどわかる。しかし、むごいようだが、陛下は親である前に国を統べる王である。切って捨てねばならぬ感情があると諭す側近はおらぬのか。ジェム盤を片付け、各地の窮状を伝えるものはおらぬのか。
跪拝しながらラザールは眉をひそめる。
「陛下、ラザール殿が控えております。ジェムはそのくらいにして、妾の願いを伝えてたもれ」
「ああ、そうであったな」
王妃にうながされようやく王はラザールに目を向けた。
「そなたを呼んだのは他でもない、キリトの師傅を引き受けてはくれまいか」
「キリト殿下には、ソン太師がお誕生以来、守り役を務めておられるではありませんか」
「うむ、そうではあるのだがな」
王はちらっと王妃をうかがう。
そういうことか。ラザールはすべてを悟った。
(to be continued)
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