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小説『ポルカ・ドットで、こんにちは』Dot:4

Dot:3は、こちらから、どうぞ。

 うすく澄んだ空に向かって、船首を揃えた3隻の船が港で祝砲をあげる。轟音が天に拡散し、セルリアンブルーの海原をゆらす。トランペットの高らかな第一声を合図に、真紅に金のモールがゆれる儀仗服のマーチングバンドが、ブールバールを港から市庁舎へとワーグナーの『双頭の鷲の旗の下に』を奏でながら行進する。花祭のはじまりだ。
 髪にライラックの花を挿した女たちが、色とりどりのドレスの裾をひるがえし民族舞踊を披露する。マーチングバンドは市庁舎前の円形広場をぐるりと周ると、三人、五人と分かれて通りに散らばり楽曲を奏でる。男たちも大通りに出て、女たちと腕を組んでステップを踏む。あちこちで陽気な踊りの輪ができる。
 ほら、あそこでナナがうす紫のスカートを広げて踊ってる。見つけたテンは、いっしょに屋台をひやかしていたトロワを引っぱって、通りに走り出る。テンとトロワとナナと。交互に腕を組み、くるくると踊る。ナナのまとめ髪に挿したリラの花がゆれて、甘い香が鼻孔をくすぐる。潮風が笑い声を空へと舞いあげる。人びとの声と声と声と声と声が、あちこちでぶつかって響きあい共鳴し、明るいコーラスとなって天にのぼっていく。

 歩道には屋台が並び、ピエロがジャグリングの技を披露し、子どもたちに風船をくばる。
 パン屋のベンじいもボカディージョの屋台を出してる。
 ボカディージョは、バゲットにハモンやチーズ、オムレツなんかをはさんだスペインのサンドイッチだ。
「サンドイッチもいいけどな。ちっと上品すぎるんだ。祭で食うなら、ばっくと大口をあけてかぶりつくボカディージョさ。ボカは口って意味だ」
 陽に焼けた赤銅色の顔で、はっはっはと笑う。ベンじいは昔、船乗りだった。航海の途中で寄ったスペインのメノルカ島でボカディージョに出会う。マヨネーズはメノルカ島の港町マオンで生まれたのさ。ベンじいはお手製のマヨネーズをたっぷり塗る。これがほんもののマヨネーズだ、といいながら。3人でかぶりつく。ナナの口に卵色のマヨネーズがべっとり。淡いピンクの口紅がだいなしだ。ぼくたちは互いの顔をみて大笑いする。
 そういえば、サンドイッチは人の名前だとマダム凛子がいってた。カードゲームが大好きだったイギリスの伯爵。彼はキャプテン・クックの後援者でもあったのよ。サンドイッチをほおばりながら、カードと航海に賭けたのか。ハワイを発見し世界の海図を描いたクック船長も、少年時代には、港を行き交う石炭船を眺め、彼方への憧れを募らせていたらしい。
 そうさ、ぼくだって、いつか。

 おとなたちがデキャンタ―のポロンを高く掲げてワインを回し飲みする。「よ、ぼうずたちも飲むか」
 トロワが細いガラスの注ぎ口を、口から少し離して傾ける。ワインが飛び出て鼻を直撃しむせていた。
 酔っぱらった男たちの高らかな笑い声がはじけ、火を飲む大道芸に喝采があがる。おとなたちがはしゃぐ、子どもよりも。
 風が笑い声を跳ねあげ、ライラックの葉をかきならす。

 おとなと子どもの境界はどこにあるんだろう。
 潮風と春風をわけるものは?
 区別とか境界とか、だれが決めるの。
 国境線は、だれが引くの。

おとなは、だれも、はじめは子どもだった。(しかし、そのことを忘れずにいるおとなは、いくらもいない。)

『星の王子さま』

 このあいだ図書館でナナと読んだ『星の王子さま』の最初のページに書いてあった。郵便飛行士だったサン=テグジュペリは、空の上から世界を眺めたんだ、子どもの心を忘れずに。こんど図書館で『夜間飛行』を借りよう。
 ぼくはまだ子どもで、マダム凛子のお使いぐらいしかできないけど。船でも飛行機でもいい。いつか、世界を周る。ベンじいのように。

「あら、テン。キリを見なかった?」
 ピエロからジャグリングのディアボロを教わっていると、マダム凛子が大きな帽子のつばを手で押さえ、ピエロの背後に立っていた。ぼくが首をふると、マダムは「そう」と言ってブールバールを横切っていく。

 ピエロがぼくにウインクして、口の前で指を立てる。
 あれ? ひょっとして、キリ?

 マダムのうす紫の帽子が蝶のようにふわふわと人混みを縫っていく。
 ポルカのリズムにあわせて踊ろう。

(to be continued)

Dot:5に続く→

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