大河ファンタジー小説『月獅』36 第3幕:第11章「禍の鎖」(1)
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第3幕「迷宮」
第11章「禍の鎖」(1)
禍のはじまりは、十八歳の王太子アランのとつぜんの死だった。
レルム暦六百三十三年三月、二年前の早春だ。
冬眠からめざめたアナウサギの狩に出かけた王太子が馬もろとも崖から転落した。
まだ岩肌には根雪が残っていた。それが陽をあびて表面から透明にほどけ、ときに結晶の形を露わにしながら溶けていく。雪解け水で地盤がゆるんでいたのだろう。犬や馬が何頭も駆け抜けたのも災いした。雪山から羚羊が降りてきたのを犬が吠えたてた。アナウサギよりもずっと大きな獲物に皆がはやる。崖際を跳ねるように駆けのぼる羚羊を犬たちが列をなして追う。犬のあとを追って、アランの騎乗する白馬が駆けたはずみで崖が崩れ、馬の後ろ脚がとられて谷底に滑落した。背後を護っていた三騎の側近が急ぎ谷への隘路をたどったが、王太子は暴れる馬を御せず手綱を振り切られたのだろう、谷底の河原で後頭部を強打し、天を仰いでこと切れていた。
享年十八歳。将来を嘱望された王太子のあまりの早い死に皆が絶句した。それだけではない。葬列が殯の宮を出ると、側近の三名の若者たちが互いに刺し違えてあとを追ったのも人びとの嘆きを深くし、「流星の禍じゃ」とたちまち流言がひろがった。
アラン亡きあと立太子した三男ラムザもその半年後に、高熱から肺炎を患いあっけなく一週間で身罷った。世継ぎのたて続けの死に国中に暗雲がたれこめた。王家は呪われている、天卵の祟りではないかと。国王ウルと王妃ラサの嘆きは深く、ことに愛息ふたりを一年も経たぬうちに失った王妃は「アランもラムザも暗殺されたのじゃ」「王家に弓を引くものがいる」「妾を追い落とす気か」と疑心暗鬼となり、残された十歳の四男キリトに妄執するようになった。
国王ウルには他に、妾腹の十七歳の次男カイルと三人の姫宮がいる。一の姫オリが十六歳、二の姫カヤが十三歳、三の姫マナが九歳だ。カイルとカヤ姫は兄妹で、その母は貴嬪サユラ。オリ姫とマナ姫の母は、淑嬪アカナであった。
ラムザが亡くなって一年半。王太子はいまだ空位のままだ。
ラムザ亡きあと四男のキリトが立太子するものと誰もが思っていた。ところが、禍が末息子にふりかかることを恐れた王妃が、キリトの立太子をしぶった。だからといって、妾腹の第二王子カイルの立太子も許さなかった。
王妃ラサは隣国のトルティタン国第一皇女だった。トルティタンの皇帝ヌバクの皇妃アンはウルの妹だ。互いに婚姻を結ぶことで同盟関係を強固にしてきた。王妃の意向を無視することは同盟関係にひずみを生み外交問題に発展しかねない。国王ウルは王妃の気が鎮まるまでと立太子問題を放置した。
レルム・ハン国とトルティタン国にとっての脅威は北方騎馬民族のコーダ・ハン国と南の海洋国家セラーノ・ソル国だった。
(to be continued)
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