ツインズ(#シロクマ文芸部)
――懐かしい口内炎みたいな感じって、わかる?
今のカレはどんな人?って尋ねると、マリモはペディキュアを塗りながらいう。きょうはオレンジのミュールを履くつもりだな。九月になったというのに、陽射しは肌に痛く、アスファルトを逃げ水が走る。
マリモは三度結婚して、三度離婚し、そのたびに一人ずつ娘を産んで、今も恋愛真っ最中だ。三人の娘たちは、アノ、カノ、サノという。<あかさたな>を完成したいから、あと二人は産まなくっちゃねと、マニキュアが乾くまで末っ娘のサノを膝に抱きあげる。
あたしとマリモは一卵性双生児の姉妹で、あたしは五分だけお姉ちゃん。出た順で序列が決まるって、どうなんだろう。どちらの精子が先に着床したかわからないというのに。あたしたちは一つの受精卵を分け合って細胞分裂を繰り返し、原初の海から生命の進化の記憶を早送りで共有した。子宮のベッドで二人で抱き合い、あたしとマリモの心音はシンクロナイズドスイングで夢見てた。
一卵性双生児は「瓜二つ」と世間一般にいわれるけど、あたしとマリモはそれほど似ていない。だいたい「瓜二つ」って失礼ね。あんなにつるつるでのっぺりした顔じゃない。目とか鼻とか眉とか口とか、一つひとつのパーツは似ているのに、仕上がりの印象があたしとマリモではちがう。そう、配置とバランスの問題。マリモは明るくて愛らしい。ちょっと小悪魔的なくらい。あたしは、きわめて平坦でつまらない。世の中には黄金比というのがある。配置とバランスは重要なのだ。
マリモは天真爛漫で自由奔放。あたしは慎重で引っ込み思案。それでも、あたしたちは仲良しでまあまあわかりあってきた。
――懐かしいって、アブナイと思う。
マリモはサノを膝から降ろし、片膝を立てペディキュアの仕上げをする。
「どうして?」
あざやかなネーブルオレンジの爪にラメがきらめく。ミナモちゃん、そこのトップコートを取って、とマリモは掌だけあたしに向ける。マリモはあたしのことを「お姉ちゃん」とは呼ばない。「ミナモちゃん」と呼ぶ。
――懐かしいは麻薬に似てるでしょ。
マリモの話はたいてい三段跳びくらいでジャンプする。
あたしは髪を耳にかけ、アノの九九の宿題のまちがいを指摘する。
――麻薬みたいに手放しがたくて、幻なの。
あたしは顔をあげる。自分とよく似たアーモンドアイが、鼻梁を挟んで線対称にバランス良く並んでいる。その深く澄んだ瞳をとらえる。
幻。そう懐かしい幻。
オレンジの陽がきらめく。
マリモは幻だ、と知ったのは十二歳のときだ。
イマジナリーフレンドだと説明された。多くは幼児期に現れて、十歳ぐらいで消えるらしい。
現実のあたしは一人っ子で双子の妹はいないのだと、マリモの存在を否定され、あたしは絶叫した。
「ここに、ここにマリモはいるよ!」
母も父も、哀しそうに首を振った。
「バニシングツインだったの」
ごめんなさい、と母は泣き崩れた。
身籠ったときは双子だったけれど、妊娠初期に理由もなく消え、子宮に吸収されてしまったという。あたしが傷つくと考えて打ち明けられなかったと泣いた。いたかもしれない妹を、自分が消したと思うのではないか。まさかミナモが子宮にいた頃のことを覚えているとは思わなかったから。自責の念は私一人で背負っていくつもりだったのと母は涙に埋もれたけれど、双子の妹が確かにいたのだとわかって、あたしはそれで満足だった。
マリモはあたしのもう一つの人生を生きる妹だ。
あたしとマリモの間には、懐かしい時間の記憶が交錯し、消せないくらい深く堆積している。三度結婚して、三度離婚したのはあたし。アノ、カノ、サノはあたしの娘でもあり、マリモの娘でもある。娘たちも、生まれたときからマリモを知っている。
――またね。
マリモの笑顔が逆光に輝く。
夏の名残にきらめく陽の中へと透けていく背に、あたしたちは手を振る。
「またね」
「マリモちゃん、また来る?」アノが訊く。
「そうね、またね」
玄関には、あざやかなオレンジのミュールが残っている。
<了>
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またまた大幅に締め切りをオーバーしましたが、一応、提出いたします。
小牧部長様、よろしくお願いいたします。