ゴッホ・アライブ
私はイベントとか展覧会とか、行く基準は自分が「ときめくかどうか」で決めています。このゴッホは何で知ったのだったか。
急に思い立って
「ゴッホ・アライブ」はチラシを見てときめいたので、行く予定にしていました。期間が来月初めまで。それで今日整形外科の帰り、突然「今日行こう」と思い立ちました。バイクをUターン。県立美術館へ行ってきました。
本当に久しぶりです。何でも久しぶりです。コロナ以来です。
屋上でいつものカエルさんがお出迎えしてくれます。
チケット売り場を間違えた。買ってから払い戻してしてもらった。
売り場の方に、「だから常設展ですかと確認しましたよね」と言われてしまった。
ゴッホ・アライブはマッピング
ゴッホ・アライブは部屋の周り全部に大きなスクリーンがあり、そこにプロジェクション・マッピングのようにゴッホの作品が映し出されるのです。クラシック音楽にのせて、次から次に作品が現れます。ひょっとしたら、これがプロジェクトマッピング?(よく知らない)
あまりに大きなスクリーンなので、近くだと全体が見えないくらい。床にも投影されます。
映像の中の物が動きます。雲とか列車とか。
年代別になっているので、ゴッホの生涯を追って鑑賞できます。
オランダ時代の絵は暗く、パリに行ってから明るい色を使うようになったそうです。ゴッホの生涯を詳しく知らないと思いました。
ゴッホと言えば、ひまわり、黄色の家など「黄色」が有名ですが、今回緑色がきれいと再発見しました。晩年は細かい表現が少なくなっているなとか。大きなスクリーンなので、筆のタッチがよく見えます。
初めは正直「なーんだ」と思いました。会場が狭いので。でも、だんだんと「スゴイ!」と思い始めました。座って見る場所もあって、私はビーズクッションを借りて座って見ました。正面の良いところでしたが、正面も横もスクリーンなのです。
その後、次の部屋に行ったら、違う絵もあり、そこでは立って鑑賞。
その部屋の方が周り全部映像で、迫力がありました。首をぐるぐる回して見ました。日本の浮世絵とも関係があったのですね。何だか絵の中に入り込んだような、いえ、ゴッホ自身の中に入り込んだような気がしました。
結局2回半見ました
最後は自画像がいくつも写されました。ゴッホの絵の人は誰も笑っていません。ゴッホももちろん笑っていません。自画像をじっと見ていると、胸が苦しくなるような感じもしました。「あなたは何を見ているのですか」と。
一巡り40分の映像でしたが、結局2回半見てしまいました。足が痛い痛い。
会場は撮影OK。みんな写していました。私は実はあまり写したくない方なのと、スマホの電源が残り少ないこともあり「今日は一枚だけ写す」と決めました。一枚だけ写しました。
アンドウ-ギャラリーと青いりんご
さて、かなり足を酷使したものですから、すぐに帰ろうと思ったのですが、この県立美術館も設計した建築家、安藤忠雄さんの「アンドウ-ギャラリー」が通りがかりにあったので行きました。ここは初めてでした。
この前朝日新聞にも出ていましたが、その作品は見事。建築家は芸術家ですね。
「青いりんご」にも逢いにいきました。海をのぞむ屋外スペースにあります。電源切れで写真撮れませんでした。その下にいるヤベケンジさんの「サナエちゃん」も。
「青春は人生のある期間ではない。心のありようなのだ」「希望ある限り若く、失望と共に老い朽ちる」「目指すは甘く実った赤リンゴではない。未熟で酸っぱくとも明日への希望へ満ち溢れた青りんごの精神」
これは、アメリカの詩人サミュエル・ウルマンが作った詩を安藤さんが大切にしていて、そこからの言葉。オブジェもそこから着想したそうです。
いやあ、安藤さんの情熱もとても魅力的です。年を感じさせません。それこそ「青春」です。
ゴッホアライブは純粋な芸術鑑賞とは少し違うのかもわかりません。でも、私は楽しんできました。絵はがきも買ったぞ。安藤さんの本も。
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