見出し画像

同じ構図

東日本大震災③
映画「津島」が終わった後の舞台挨拶に、土井敏邦監督が登壇された。

少数派

熱を込めて30分ほど話されたが、とても納得できた。
「これは津島だけの問題ではない」
「人間を切り捨てているという普遍的なテーマを扱っている」

沖縄も、水俣も同じ構図と。

多数派の「幸福」「安全」「快適な生活」のために、少数派が「踏み台」「犠牲」にされてたまるか!という少数派の〝叫び〟である。

パンフレットより引用


パンフレットにサインをしてもらった。
私が「映画、とても良かったです。語る力なんだと思いました」と言うと、顔を上げて「そう思っていただくと有り難い」と言ってくれた。嬉しかった。

若者に期待する

その夜、たまたま見たニュース番組で、津島の田植踊りを扱っていて驚いた。故郷には戻れないが、田植え踊りだけは守っていきたい、と集まって練習をしているのだ。お披露目もするとのこと。

そして、嬉しいことに、そこに若者がいる。インタビューにも答えて、「受け継いでいきたい」と答えていた。

舞台挨拶の質問で、「年代によって受け取り方が違う」という話が出ていた。映画で語られた方々は、私と同世代がほとんどだった。高齢と言われる年代である。

土井監督は「やはり年代によっては感覚が違う。それが厳しいけど現実」といういうような話をされていた。

監督さん!そうです、若者がいますよ!
10代とか20代とかの若者は、古い常識にとわられない感じ方をする。その柔らかい頭で考え、行動してくれるはず。期待しましょう!

私にできること

サイン会で、私の前の人が、「自分にできること、何かありますか?」と聞いておられた。

結局その方は、「募金くらいですかね」と帰っていかれた。
それを聞いて、本当に自分に何が出来るか考えた。

東北に限らず、能登半島にだって、募金で援助できる。正しいことを知ること。それから?その他に出来ることはなんだろう。

土井監督は、壇上で「この映画をたくさんの人に見てもらいたい」と言っておられた。みんなに伝えてほしいと。だから、こうやってSNSで発信するのも、一つの方法かなと思っている。

自分事

最後に、もう一つ。
被災された方に、私たちは「寄り添う」という言葉を使う。それはどういうことだろう。つまり、相手の立場に立ち、自分事として考えられるか。相手の気持ちをおもんばかる。自分だったらどうだろうかと考えることかな、と思う。

ありふれた言い方だけど、「忘れないこと」


*しんどい中、少しでも未来が感じられたら良いな。
続けての投稿ですみません。上げちゃいます。

いいなと思ったら応援しよう!