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別府の夜の飲み歩きは、温泉みたいにあったかい

別府に泊まるとき、たいていは別府駅から徒歩圏内の宿に泊まる。前の記事でも書いたような共同浴場もたくさんあるし、飲食店もたくさんある。何より、別府には私が日本で一番好きな餃子の店「香凛」がある。別府に行くときは9割くらい、どんなに満腹だったとしても絶対に食べに行っている。

今回は鉄輪(かんなわ)温泉エリアに滞在するので徒歩圏内じゃいあ。だけど香凛へ行く前に一度、店主のリンさんと顔を合わせる機会があった。数日後には予約もしている。「りおさん、ジャガイモが好きなんでしょう?特別な家庭料理、用意して待ってるから」と優しく微笑んでくれたリンさん。そんなの楽しみでしかない。

一人で予約していたのだが、同じく出張できていた女性が夜の予定がないと聞いて誘ってみた。香凛に行くときはいつもおなかいっぱいになるけれど、一人より二人、二人より大勢の方が楽しいから。

仕事が終わって、別府北浜まで車で送ってもらうが、まだ少し予約時間までは余裕がある。せっかくだから、と竹瓦温泉で温まってから向かうことにした。竹瓦温泉は砂湯が有名だけれど、入れる人数が限られているので、どうだろう。従業員の方に聞いたところ、今日は二人で入れる枠はもう埋まっているとのこと。それなら、とお湯に浸かる方を選んだ。

風情のある竹瓦温泉の外観(写真は別の機会に撮ったもの)

竹瓦温泉はの砂湯じゃない浴槽の方には何度も入っているが、まぁ熱い。とにかく熱い。まずかけ湯が熱い。あっちっ!って毎回小さく声が出る。かけ湯で慣れて入ろうとすると、ビリビリとする熱さ。毎回、平気な顔して入っている地元のベテランさんを尊敬の眼差しで見る。毎回、熱すぎて悲鳴を上げる観光客がいる。笑いながらベテランさんが「そこを水でうめるといいよ」とアドバイス。その一連の光景が私にとっての竹瓦温泉。

今回は大寒波の中で竹瓦に入るんだから、足先なんて痛いくらい熱いんじゃないかと覚悟する。まずかけ湯。はいはい。いつも通りの熱さ。覚悟が決まる。よし!と湯船に入ると、あれ?心地よい温度。熱すぎない。どうやら先客が水でぬるくしてくれたらしい。もしくは、みんなが冷たい体を浸けて冷めたりしたのだろうか。いつもより、長く入っている人数がすごく多い。

拍子抜けしつつ、しっかり体を温めて、最後にもう一度かけ湯に行ったら、あっちっ!ちゃんと熱かった。これこれ、この温度。のんびり服を着て、少し涼んで、ちょっと早いけど香凛へ向かう。

ここはいつも季節ごとにメニューが違うから、毎回ものすごく迷う。本当に迷う。できることなら満腹中枢を壊して全部食べたい。今回も迷いに迷って絞り込んだ。ウニの餃子。ロバの餃子。発酵白菜と豚の餃子。肉まん。潮トマトと卵の炒め。

まず一皿目には、メニューになかったジャガイモとセロリを千切りにして炒めたもの。リンさんのお母さんが作ってくれたらしい。ジャガイモ好きとしてはたまらない。パクパク食べてしまう。にこやかに、いつも中国語で私の着物を褒めてくれるリンさんのお母さんのことが、私は大好き。

私がジャガイモ好きと知って用意していただいた

食べていると、次々に餃子が運ばれてくる。ここの餃子は一皿に5個が盛り付けられるようないわゆる餃子じゃなくて、それぞれの具材に合わせて、焼いたり茹でたり蒸したり、包み方も違って、一人ひとつずつ出てくる。パイのようなサクサクの生地で平たく包まれたロバ肉の餃子。蒸されてふんわりと潮の香りがするウニの餃子。毎回必ず食べる、酸味の効いた発酵白菜の餃子はスープまで美味しい。黒酢がよく合う。肉まんにはピーマンかと思ったら青唐辛子が刻まれて入っていた。こんなに野菜の多い肉まんって食べるの初めてかも。

この中に、とろとろのウニが......。

夢のような餃子のパレードに次から次へとお皿は空いていく。もう一品、食べられそうですよね......と話しながら、二人で紹興酒と酔っぱらいエビを頼んだ。届いたエビは、想像をはるかにはるかに超えた大きさ!ワイルドに手で殻を剥いて、しゃぶりつく。あぁもうとろけそう。えびみそはもちろん、紹興酒にピッタリ。食べるごとに幸せなため息が出る。なんと足の一本一本にも身が入っているから吸って食べるんだとか。カニでは食べるけど、エビの足一本ずつを食べるなんてなかなか機会がない。チュッと指で押し出しながら食べてみると、たしかに足一本あたり小ぶりな桜エビくらいの身が出てくる。ありがたい。

足の一本ずつまで吸い尽くした

あぁ、満腹!もう食べられない!となってから、取りとめもない話を少しして、お会計をした。温泉に入ってからはだいぶ経っているけれど、あったかいごはんに紹興酒で、カラダは芯までぽかぽか。大寒波な外に出るのも怖くない。せっかくだから、もう一軒、一杯だけ飲みにいくことにした。

こちらも毎回足を運んでいる「峰」。数日前に入れ違いで別府にいた彼も訪れたそうなのだけど、マスターが90歳を超えていると言っていた。そうか、初めて行ったときが87歳とおっしゃっていて、それが数年前だから、90歳か。しかし見た目には変わらないし、約1年前に来たことを伝えたら「あぁ、あそこのテーブル席に大勢で来てたね」と覚えてくれていた。恐るべき記憶力。

峰はバーのようなスナックのような感じで、カクテルもおいしいし、カラオケもできる。だいたい爆音で歌謡曲が流れている。そういえば正式名称はなんなんだろう?と思って一度ネットで調べたら「峰シティパブリック」と書いてあった。カウンターに置かれた雑誌、BRUTUSやMeetsの、峰が載っているページにも確かに「シティパブリック」と書いてある。いや、シティパブリックってなんだ!他に聞いたことないよ!次に行ったら聞いてみよう。(今回は楽しくなりすぎて聞きそびれた)

カクテルがかわいい

カクテルはかわいくて、さくらんぼがちょこん。甘くて、満腹な今の私たちにとってはデザート的にちょうどいい。お通しに乾きものが出てくるのだけど、一皿を二人で分けても多いくらいたっぷり。わさびの効いた豆菓子やチョコレート、柿の種など。大盤振る舞いにも程がある。音楽の話になった途端に「歌ってくださいよ」とカラオケのリモコンとマイクを渡された。そのときまで、お客さんは私たち二人しかいなかったので、どうしようかと言いながら、ちあきなおみ「喝采」を二人で歌うことに。

イントロが流れているとき、ちょうど4人連れのお客さんが入ってきた。あまり気にせず二人で歌う。それから、ジュディ・オング「魅せられて」も歌う。隣のお客さんにリモコンを渡したら「まだ早いわよ〜!」とそれとなくこっちに戻された。たしかにお酒が足りてないようだった。本当はもっとゆっくりしてもよかったのだけど、宿の門限があったりしたのでこの辺で。と帰ろうとしたら、マスターから周年だということでマグカップをいただいた。実はこれ、私はいただくのが3回目。毎年違う絵柄でマグカップをいただく。仕事中によく使っているから、またコレクションが増えて嬉しい。

私の「峰」コレクション
新たに加わったマグカップ(2025年)

そういえば、このお店には壁一面に海外の紙幣がたくさん貼られている。海外のお客さんが来たときなんかに、記念に残していくらしい。数日前に来た彼の、(新宿のコンビニプリントで困っている青年を助けたらもらった)バングラデシュの紙幣が貼られている。そうだ!私も並べてもらお、と思って持ってきたのだった。2週間前に訪れたタイのバーツ。紙幣が一枚、ずっと財布に入っていた。マスターに渡したら、「並べて貼っておくよ」と言ってくれた。

通りに出て、タクシーを拾って宿へ戻る。あぁ本当に楽しくて心があったかくなる夜だった。

峰の店内に貼られた紙幣

別府の夜はこれだけじゃ終わらない。次の日、別府での対面の打ち合わせやらランチやらを一通り終えた後、オンラインミーティングが5本続いた。自分の画面のカメラ越しに映る窓の外がだんだん暗くなっていく。金沢や東京の人たちの窓の外は、別府より早く暗くなっていく。終わったとき、時間は18時半をまわり、滞在している鉄輪では食べに行けるラストオーダーの遅い飲食店はかなり減ってしまう。仕方ない、(と思いつつ内心嬉しい)バスに乗って今日も北浜の方に向かおう。

何を食べようかな。これまで気になっていたけどまだ食べていないものがいいな。なんて思いながら、チョロ松という店の前に来た。外から覗くと、カウンターにはまだ空席が3席ほど。うん、いけそう。ここは鴨吸いがおいしいと聞いていたので、入ってみることにした。入り口に一番近い、カウンターの端の席。テレビではタイトルに「愛」のつく歌ランキングとやらをやっている。なんとなく年末感さえある。

メニューを待っていたら「あ!ごめんなさい、壁に貼ってあるの、この席だと見づらいから、写真、撮っちゃって大丈夫ですので!」と女将さんらしき方がにこやかに教えてくれる。洋服に割烹着だけど、きちっとした日本髪を結っていてきれい。いいなぁ。毎日着物だけど、日本髪を自分ではできなくて、諦めすぎて最近は前髪ぱっつんの私。女将さんに髪型のことを聞きたいけど、忙しそうだからまた今度。

「カンパチの琉球」も気になった

せっかく大分にいるから、と思って焼酎は「西の星」を選び、ソーダ割りで。鴨吸いは頼むけど、何かお酒のアテもほしいなぁ。赤ナマコ酢にしてみよう。注文が決まってオーダーしたら「鴨吸いは、ちゃんぽんの麺つけますか?」とのこと。え、食べ切れるかなぁ。でも気になる。いっちゃえ!と思い、麺も頼んだ。

ちょうど西の星とナマコが出てきたタイミングで、扉が開いてお客さんが入ってきた。「ごめんなさい、ちょうど満席で!よかったら空き次第お電話差し上げましょうか?」とさっきの女将さん。私は今日は一人だったからスッと入れたのかも。ラッキー。

それにしても暖房の効いたあたたかい部屋で飲む西の星のソーダ割りはおいしい。ごくごく飲んでしまう。ナマコも塩気がしっかりしていてお酒も進む。七味唐辛子がすごく合って、追加でもう一振りかけてしまう。待ちに待った鴨吸いは、小ぶりな土鍋で出てきた。蓋の上に乗った柚子の皮は、店員さんが「お乗せしても良いですか?」と確認してから、蓋を開け、湯気の中にぽんっと置いてくれた。いい香り。早速取り皿に麺とニラ、鴨を入れて、おたまでスープを注ぐ。普段、ラーメンなどはスープを飲む干せないのだけど、これはもう全部たいらげちゃいそう。薄く切ったゴボウが、出汁を吸ってまた美味しく育っている。取り皿に取った分からどんどん一滴も残さず食べて飲み干して、おかわりを入れて。だめだ、止まらない。体の中から、ぽっかぽかにあたたまる。これはもう温泉と言ってもいいんじゃないかというほど、あったまる。

一人ひとつ、余裕でペロリと食べられる

なんだかちょっと恥ずかしいくらい、あっという間に食べ終えてお腹いっぱいになってしまった。これはきっと、飲んだ後の締めに、ラーメン代わりに食べにきてもおいしそう。むしろこれから、締めに食べにくる人もいるのでは?長居はせずにサクッと出よう。お会計をお願いして、お店を後にした。

このまま帰ってもいいんだけど、もう一杯くらい飲みたい。なぜなら今日は、別府最後の夜。少し火照りを冷ます気持ちで歩きながら、気になっていた「Pure Wine Bar Enfer」へ。中の様子はわからないけれど、ドアを開けてみる。薄暗い店内で、先客は二人。レコードの話をしているみたい。「お着物、寒く無いですか!?」と心配してもらいながら、むしろ中にたくさん着込んでいる上に鴨吸いでぽかぽかなので、意外と大丈夫です、と伝えた。

またカウンターの端に座り、リースリングをグラスで頼む。いい香り。飲みながら、色々とお話しをしていると、よかったら、とセラーに招き入れられる。驚くほどの数のワインボトルがずらっと!ヴィンテージワインも多いのだとか。これは贅沢なお店だなぁ。先客のうちお一人が、予定があるようで先に帰っていった。残った女性はなかなかタフなお仕事をしているそうなのだけど、本当にワインがお好きなようで、お話しを聞いているだけでも惚れ惚れするほどだった。人生と、仕事と、ワイン、つまり好きなことの優先順位の付け方が、とても割り切っていて本当に素敵だった。なんだか私も励まされた気分。彼女は常連ながらも遠方から来ていたようで、「終電!」と言って去っていった。

しばらくマスターに置いてあるレコードを見せてもらったり、流してもらったり、これまでの仕事の話をしたり。なぜか、関東圏にしか無いはずのフリーペーパー「メトロミニッツ」がここにたくさん置いてあって、盛り上がったりした。話しているとマスターのスマホが鳴る。

「あぁ、間に合わなかった?戻ってくる?はいはい、じゃあ待ってまーす!」

あれ、さっきの彼女、終電間に合わなかったのかな?大変!と思っていたら、すぐにドアが開く。「戻ってきました!」と入ってきたのは、さっきの彼女とは別の、年上の旅行中らしいカップル。「さっきここで飲んでたんだけど、居酒屋に行って、やっぱりもう一回来たくて、出戻り!」と言いながら楽しそう。旅先で気に入りすぎて2度行きたくなるお店はいい店、というマイルールを私も自分に設けているんだけど、さすがに1日に2回来たくなるバーはいい店すぎるだろう!と思いながら、少しお話し。またドアが開くと、今度はまた知らない3人組。若く見えるなと思ったら、20代で全員別府の大学の卒業生だとか。「私は今は大阪で働いてるけど、遊びに来ました!」「僕は東京で働いてたけど、辞めて別府に戻ってきました!」とのこと。この店だけじゃなく、みんなが別府に「戻って」来たくなる感覚、ちょっとわかるかも。

そうこうしてたら、最初にいた女性が今度こそ戻ってきた。「ちゃんとホテル取って、チェックインしてきた!はい、これ、ワインに合うと思ってチョコとピスタチオね。さっき女の子一人いたから、きっとまだいるだろうな、甘いものあったら嬉しいかなと思って買ってきた!」と差し出された。まだ名前すら知らないのに、優しすぎる。始発で別府を出ても仕事に10分くらい遅刻しちゃうけど、10分の遅れとワインのある夜、どっちが自分の人生に大事かって力説された。そりゃワインのある夜に決まってる!

カップルが「私たちもまた戻ってきちゃいました」と彼女に話しかけると「なんだ、今夜は出戻りばっかだ!」と笑う。全員バラバラなのに、全員で盛り上がる。なのにどこか品がいい。落ち着く。ちなみに20代チーム以外みんな、年齢を聞いたら驚いた。見た目が実年齢より20歳若い人ばっかり。なにか磁場が狂ってるんじゃないかと思うほど。

ちょいと一杯のつもりが、結局気づけば3杯飲んでいた。なんて居心地のよい、来るお客さんも全員が快活で楽しい、素敵な空間なんだろう。音楽の話、ワインの話で十分楽しんで、私は先に宿に戻ることにした。

別府は温泉で体が温まるイメージが強いけれど、おいしいごはんやお酒で文字通り体の中があったまって、行く先々のお店で出会う人たちとの会話で心まであたたまる。そういえば別府で嫌な思いをしたことなんて一度もないな。ますます別府が好きになって、明日の朝、東京へ戻るのが惜しい気持ちになった。

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