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【取材】サステナビリティ時代の企業経営:りそなアセットに聞く社会課題解決と持続的成長の両立への道(前編)

今回は、企業のサステナビリティ推進を投資の観点で後押しする、りそなアセットマネジメントの取り組みについてご紹介します。同社のチーフ・サステナビリティ・オフィサーであり、常務執行役員 責任投資部を担当されている松原稔さんにお話を伺いました。
持続可能な社会の実現に向け、投資や融資を通じて重要な役割を果たす金融業界。その中でも、長期的な視点で活動する資産運用会社がどのように事業会社のサステナビリティを支援しているのか、詳しくお伝えします。

公益財団法人流通経済研究所
上席研究員 石川 友博
研究員 船井 隆
研究員 寺田 奈津美


りそなアセットマネジメント株式会社 チーフ・サステナビリティ・オフィサー 常務執行役員 責任投資部担当 松原稔さん

パーパスとその社内浸透

――貴社のパーパス、バリュー、企業文化の柱となる考え方、策定に至った背景、及び策定したことによる変化について教えてください。

 りそなアセットマネジメントは、「将来世代にも豊かさと幸せを提供」というパーパスを掲げています。
 まず、私たちがこのパーパスやバリュー、企業文化、ビジネスモデルといったアイデンティティーを策定した背景についてお伝えします。私たちは、長期投資家としての立場を内外にしっかりと示す必要があると考えました。現役世代に豊かさや幸せを提供することは当然の責務ですが、長期投資家として重要なのは、次の世代やさらにその先の世代にも豊かさと幸せを提供することです。この点が私たちのパーパスの核心部分です。つまり、長期投資家であることの必要性や重要性を示すとともに、それを実現したいという私たちの希望や期待を、このパーパスに「魂」として込めたことが、設定の背景にあります。
 しかし、それだけであれば「りそなアセットでなくても良いのではないか」という話になってしまいます。そこで、私たちは「りそなアセットらしさ」を表現するために、バリューや企業文化、ビジネスモデルを策定しました。その際に、私たちが実現していきたい思いをパーパスに込めていく上で、従業員をはじめとする私たち自身がぜひ持ち続けたいと考える価値観や理念を盛り込みました。
 長期投資家として私たちが何を成すべきか、そしてその役割を果たす上で、りそなアセットで働くことの意味や意義を明確にし、それをバリューや企業文化に込めたのです。

りそなアセットマネジメントのパーパス、バリュー、企業文化、ビジネスモデル
(出所:りそなアセットマネジメント サステナビリティレポート2022/2023)

――パーパス、バリュー、企業文化の社内浸透において大切にされていることや、社員の意識を高め、それらを事業において実践し、さらに深掘りしてもらうために行っている取り組みについて教えてください。

 私たちの取り組みの中には、「専門家集団」であることを意識し、多様性の尊重、長期的な視野、そして自由な風土を大切にするという考え方があります。この実現に向けて、専門家としてお互いを尊重し合い、プロフェッショナリティを追求することを重視しています。そして、そのプロフェッショナリティを追求する目的は、何よりもお客様の真の期待に応えることにあると伝えています。この点は、私たちが非常に大切にしている部分です。

 この考え方を一人ひとりに浸透させるためには、自分ごととして捉えることが重要です。そして、常に意識を持ち続け、原点に立ち返る姿勢が大切だと考えています。
 具体的な取り組みとして、社員の執務机には、私たちのアイデンティティーを示す「三角形」の図が記載された卓上アイデンティティーが置かれています。これにより、常に視界に入るよう工夫しています。また、経営会議や重要な会議が行われる会議室には、このアイデンティティーが掲げられており、議論の際には必ずこれを見直し、原点に立ち返ることを徹底しています。

卓上アイデンティティー
会議室に掲示されたアイデンティティー

 さらに、文字を読むだけでは意義を実感しにくいことから、月に2回の朝礼でアイデンティティーについて自身の考えを伝える機会を設けています。
 特に、この発表では経営層が順番に、自身のアイデンティティーとの関係や考え方、最近の出来事を通じて実感したことなどを「マイストーリー」として語るようにしています。こうした取り組みを通じて、経営層自身がパーパスやアイデンティティーを自分ごととして捉える姿勢を示しているのです。

 このように、発表や考える場を設けたり、常に目に留まる場所にアイデンティティーを掲示したりといった、社員一人ひとりが自分ごととして捉える機会を作ることで自然と意識を高め、常に触れられるようにすることが非常に重要だと考えています。

――ありがとうございます。このパーパスは、貴社の設立当初、りそな銀行の信託運用部門と統合したタイミングを受けて、企業文化をしっかりと作り上げていこうという意図があったのでしょうか。

 その通りです。当社は実際の設立は2015年ですが、その母体となるのは、1962年に設立されたりそな銀行の資産運用部門です。そして、2020年に信託運用部門と統合し、現在の姿となりました。1962年に設立された当初、企業年金や公的年金制度が整備され始めた時期に、私たちは誕生したのです。そのため、企業年金や年金制度の歴史とともに歩んできたという経緯があります。
 この歴史を運用会社としてのDNAとして引き継ぐためには、企業としての枠組みやアイデンティティーが非常に重要だと考えています。統合後のりそなアセットマネジメントが、長期的なコミットメントや視野を忘れずに活動を続けていくことの大切さを、このアイデンティティーに込めたのです。

 りそなアセットマネジメントが設立された2015年は、2003年の公的資金注入を受けた「りそなショック」を経て、その公的資金を完済したタイミングにあたります。この時(2003年)、りそなグループは「社会に必要とされる銀行」として再出発をしました。そして公的資金完済後、次なる大きな第一歩として設立されたのが、りそなアセットマネジメントです。2023年には運用資産規模48兆円、2024年には55兆円という規模にまで成長し、日本を代表する資産運用会社の一つとして多くの顧客から多くの資産をお預かりしています。

りそなアセットマネジメントの設立からの歩みと運用資産残高の推移
(出所:りそなアセットマネジメント サステナビリティレポート2023/2024)

責任投資活動方針

――責任投資活動の実践において、基盤となる考え方について教えてください。

 私たちは、アイデンティティーの根幹として「将来世代に対しても豊かさ、幸せを提供」することを掲げています。現役世代だけでなく、将来世代に対しても豊かさ、幸せを提供するためには、「豊かさ」とは何か、「幸せ」とは何かを具体的に定義し、そこに「命」を吹き込む必要があると考えています。
 ここでいう「命」とは、私たちが実現を目指す未来のあるべき姿を指します。この未来像を実現することこそ、私たちの使命だと捉えています。そして、この未来像を支えるのが、下の図に示した「インクルーシブな社会経済」「サステナブルな環境」「企業文化、企業のパーパス」という3つの重要な要素です。
 責任投資活動は、「将来世代にとっての豊かさや幸せとは何か」を考え、それを具体化していく取り組みそのものであり、私たちの投資活動の基盤となっています。

りそなアセットマネジメントが目指す「未来のあるべき姿」
(出所:りそなアセットマネジメント サステナビリティレポート2023/2024)

――これら3つの視点が投資における意思決定で重視されるポイントだと思いますが、実際に投資を行う際に、特に重視している要素について詳しく教えてください。

 下図に記載している内容に関連しますが、私たちは投資の意思決定において、ESG課題が重要な役割を果たすと考えています。
 具体的には、私たちが目指す「未来のあるべき姿(To be)」と「現在の姿(As is)」との間には必ずギャップが存在します。このギャップこそが、私たちが解決すべきESG課題であると捉えています。

未来のあるべき姿、ESG課題、マテリアリティの関係
(出所:りそなアセットマネジメント サステナビリティレポート2022/2023)

 そのESG課題とは、「気候変動」「生物多様性と森林保全」「児童労働や強制労働」「製品の品質と安全性、製品・サービスの社会的影響」「ダイバーシティとインクルージョン」「腐敗防止」の6つの領域であると捉えています。これらが、私たちがTo beとAs isのギャップを埋めるために取り組むべき具体的な社会課題として特定したマテリアリティです。
 私たちは、これら6つの課題に関連する業種を特定し、それらの業種において特に重要と考えられる企業にアプローチを行い、エンゲージメント※を通じて、これらの課題に向けた具体的な行動を促進しています。社会の持続的発展と企業の持続的成長を結びつける取り組みとして、このエンゲージメントを重要な手段と位置づけています。

りそなアセットマネジメントのマテリアリティ
(出所:りそなアセットマネジメント サステナビリティレポート2022/2023)

※エンゲージメントとは、投資先企業が抱えているESG課題の解決などについて、投資家と投資先企業が建設的な対話を行うことを言います。(出所:りそなアセットマネジメントホームページ)


――ESGの側面だけでなく、企業の業績も重視されていると思いますが、業績を評価する際には、どのような観点で、特にどの部分に重点を置いておられるのでしょうか?

 業績については、やはり長期的な視点での評価が重要です。例えば、ROE(自己資本利益率)やROIC(投下資本利益率)を見ていきますが、これらの財務的な指標を5年平均などの長期的な視点で分析します。重要なのは、単に利益を上げたかどうかだけでなく、株主価値にどれだけ貢献してきたかという点で、この視点を持ちながら、業績をモニタリングしています。

中長期的な社会価値向上と持続的成長を両立する経営の在り方

――次に、日本企業の中長期的な社会価値向上と持続的成長の実現に向けた経営について、理想を10点とした場合、現状は何点と評価されますか?

 難しい質問ですね。うまくできている企業は8点、9点だと思いますが、できていない企業は3点、4点なので、その中間をとって、だいたい6点から7点くらいでしょうか。

――できている企業は、具体的にどのような点で優れているのでしょうか?また、どのような企業がうまくいっているのでしょうか?

 自分たちの企業価値をきちんと定義し、それと社会価値との関係を明確に説明できる企業、さらにその企業価値と経済的価値の連動性を説明できる企業は高く評価されます。したがって、中長期的な社会価値の向上と持続的な成長の実現をどのように繋げているかが説明できている企業は評価が高いです。一方で、それができていない企業は評価が低くなりますね。

 実際にこれを実践するのは非常に難易度が高いと思いますが、多くの企業にとって「中長期」という概念自体にハードルがあるのではないかと思います。
 私たちは「中長期」とは10年以上のタイムホライズンだと考えていますが、10年先の経営戦略や長期戦略をしっかり捉えている企業はそんなに多くはありません。最も一般的なのは、3~5年程度の中期経営計画を立てる企業ですが、長期計画を策定し、それを実行に移してKPIを設定したり進捗を確認したりする企業はあまり見られません。

 さらに、それを社会価値に結びつける企業はもっと少ないです。10年先の社会価値をどのように作り上げるかを発信している企業は少ないですし、社会価値の向上と持続的な成長の実現をうまく繋げている企業も少ないのが現状です。
そのため、評価される企業というのは、まさにこのような、中長期的な社会価値向上と持続的成長の実現に向けた経営を実践しようとしている企業だと思います。

――松原さんとしては、 企業は10年先を見据えた長期計画を立て、KPIを設定してフォローしていくべきだとお考えですか?

 そうですね。今後は、これまで以上に不確実な経済環境が繰り返し訪れると予想されます。そのため、「先のことは読めないから計画を立てても仕方ない」「先が見えないから足元だけを見る」という姿勢も理解できなくはありません。
 しかし、だからこそ重要になるのは、自分が現在どこに立っているのか、将来どのように立ちたいのか、そしてその目標に向けてどのように行動を変えていくべきか、というトランスフォーメーションの視点だと思います。
 大切なのは「自ら考え、自ら行動せよ」ということが、これからの企業に与えられている宿命だとすれば、それにどう応えていくかが使命だと思います。そして、それこそが私たちが考えるステークホルダー資本主義における企業経営の在り方なのではないかと考えています。

――企業を本質的に変えていくためには、10年先のあるべき姿を描いておかないと、本当に変革につながる計画を立てることは難しい、ということですね。

 その通りです。中長期的な視点を持たなければ、社会価値の向上と持続的な成長を両立させることはできないと思います。短期間でこれらを両立させるのは難しく、時間を味方にしなければ「and」の関係にはならず、「or」の関係に陥ってしまうのではないでしょうか。この命題を実現するためには、「中長期的」という視点が必要条件になると考えます。
 「社会価値の実現」を目標とするならば、短期的な経営ではその価値と持続的成長を両立させることは難しいでしょう。短期的であれば「と」ではなく「か」という選択肢になるのです。「と」が成立するためには、「中長期的な」という視点が不可欠であり、それが両者をつなぐ触媒の役割を果たしていると感じます。

企業経営者が考える企業価値と社会価値創造のストーリーを語る重要性

――講演でも、時間を味方につけた考え方の重要性についてお話しされていましたが、日本企業による両立経営において、時間軸の捉え方が非常に重要な要素であるということですね。そのほかに、特にポイントだと思われる点はありますか?

 まずは「企業価値とは何か」を明確に語ることが重要だと思います。企業経営者が考える企業価値というのは、資本市場が評価する企業価値、つまり株価だけでは表せないものだと私は考えています。その中には、株価に現れない「社会価値」というものが含まれているのではないでしょうか。

 では、企業はその「社会価値」をどう捉えているのか。社会価値と企業価値がどのように結びつくと考えているのか。そして、社会価値と経済価値は本当に両立できるのか。この2つを合わせたものが「企業価値」と言えるのかどうか。これらを企業自身が説明することで、私たちもその企業が考える「価値」について理解を共有できるのではないかと思います。

――企業が価値を語ることで、こちらも多角的な視点で企業に対してアドバイスを提供できるようになるということですね。

 そうですね。投資家である私たちが答えを持っているわけではありません。答えを持っているのは企業自身です。企業には現状があり、その現状と目指す姿とのギャップをどのように乗り越えようとしているのかについて、私たちは説明を求めます。しかし、私たちがその答えに〇×をつけているわけではありません。
 企業が持つ答えや、それにたどり着くための解決方法を企業自身が明確に持っていることが大切です。私たちは、その答えと解法が整合性を持っているかどうかを確認する役割を担っています。ただ、解き方が正しいかどうか、答えが適切かどうかを決めるのは私たちではなく、あくまで企業です。
 私たちの役割は、企業が持つ答えや解法に矛盾がないかどうかを、質問を通じて探り、対話を通じて考えることだと思っています。

💡中編では、社会課題の解決と持続的成長を両立させるための経営者へのアドバイスに加え、今後重視すべきESG課題、人的資本、ウェルビーイングなどについてご紹介します。

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