【取材】第一三共のサステナビリティ(中編)
公益財団法人流通経済研究所
上席研究員 石川 友博
研究員 寺田 奈津美
こんにちは。中編では、ステークホルダーコミュニケーションや、「患者さん中心」の取り組み、マテリアリティとKPIなどについて、前編に引き続き第一三共株式会社サステナビリティ部の原田さん、有馬さん、山本さんにうかがったお話を紹介します。
※前編はこちら👇
経営戦略部門の一部となり、その重要性が再認識されたサステナビリティ推進部
――推進体制について課題は感じていらっしゃいますか?
有馬さん:サステナビリティがCSRと呼ばれていた時代から比べると、社内の雰囲気や取り組みのレベルは大きく向上していると感じつつも、サステナビリティというものがまだまだ全社に完全に浸透していない部分があるという点が課題だと感じおり、さらなる浸透が必要です。
特に昨年からサステナビリティ部がコーポレートの戦略部門に移管されたことで、社内の考え方やサステナビリティの位置付けが大きく変わり、サステナビリティの重要性が高まったことが周知されたのではないかと思います。
原田さん:ストラテジー部門の傘下に入ったのは昨年の4月からですが、元々、CEOの眞鍋がCSRを担当していたこともあり、経営トップのコミットメントは非常に高く、私たちの活動を後押ししていただいております。また、取締役会での議論においても、サステナビリティに関する報告や審議を頻繁に行っており、非常に高い関心を持っていただいていると感じています。
当社グループは、第5期中期経営計画においてESG経営をより推進していくことを社内外に明示しました。それまではCSRという考え方で、経営戦略の横に置かれていたような部分がありましたが、第5期中期経営計画でESGの要素を経営戦略に取り込み、それがマテリアリティという形で整理されました。
ESGあるいはサステナビリティ、財務・非財務(未財務)の議論を継続して行っており、今後、更にサステナビリティを経営戦略に統合させていく役割があると認識しています。理想を言えば、最終的にはサステナビリティが経営戦略そのものとなり、経営システムそのものが一体化されていくことを目指していきたいですが、その時にはサステナビリティ部に求められる役割の範囲も変わるかもしれません。試行錯誤の連続ですが、経営戦略と連携しながら進めていきたいと考えています。
ステークホルダーコミュニケーションにおいて、投資家に対して財務・非財務の価値の両方を高めていくことを伝える
――先ほど、ESGあるいはサステナビリティ、財務・非財務のディスカッションを重ねてきたというお話がありましたが、どのような内容を議論されてきたのでしょうか?
原田さん:私たちからはESG要素を経営戦略に反映させて、財務・非財務の価値の両方を高めていくことをステークホルダーコミュニケーションの中でしっかりと伝えさせていただいています。
ちょうどハーバードビジネスレビューでも2021年1月号「ESG経営の実践」が取り上げられていた頃だったと思います。近年では、市場の企業価値評価のうち財務諸表からは読み取ることができない価値、つまり非財務の価値の重要性が広く認識されるようになりました。非財務の価値とは、ここでは、革新的医薬品のパイプライン[i]の価値に加え、株主・投資家の皆さんや社員をはじめとするステークホルダー、そして社会や自然環境に貢献する価値と捉えていました。その非財務の価値は、長期目線に立ったESG経営を通じて向上する、との考えのもと、経営ともディスカッションや株主・投資家をはじめとするステークホルダーとの対話を重ねてまいりました。
そういった議論が今は、「人的資本経営」も含めた議論につながってきているのではないかと思っています。少し進んだ議論としては、非財務という言葉でなく将来財務に繋がる「未財務」という観点から、それぞれの資本を強化していく議論が、より社内の中で進んできました。
原田さん:当社の場合は、 財務的価値以外の非財務的価値の部分の大半をパイプラインの価値で評価されているという認識を持っており、インベスターリレーションズ(IR)では、このパイプライン情報をしっかりと開示しています。そのパイプラインを継続的に生み出す力は人であり、組織です。人材や組織といった企業に内在する価値や、第一三共が持っている強みをどうやって可視化していくのかといった議論を経営と進めながらバリューレポートを始めとするESG情報開示にも力を入れています。第5期中期経営計画の中では、「ステークホルダーとの価値共創」を戦略の柱の1つに掲げており、しっかりと取り組んでいく方針を打ち出しています。
[i] 研究開発パイプラインとは、研究開発段階にある医薬品や再生医療等製品の候補品を指す。医薬品の開発は、一般的に基礎研究に2〜3年、非臨床試験に3〜5年、臨床試験に3〜7年かかるとされる。その過程で、数値にはまだ現れていないものの、将来上市する可能性がある薬の研究開発を行っているという価値が評価される。
患者さんの声を取り入れる「Patient Centricity(患者さん中心)」の取り組み
山本さん:今年度より、メディカルアフェアーズ本部長の上野が特命担当として総合的に推進する形で、「Patient Centricity(患者さん中心)」の取り組みを一層強化する活動を開始しております。当社グループとして重要なステークホルダーである患者さんへの思いやりは企業活動の中核として据える必要があり、この取り組みをより推進していきます。この見方は、企業が持続的に価値を創造していくためには、ステークホルダーの声を取り入れることが重要であると再認識されたからこそ、私たちもこれまで以上により深く考えられるようになったと捉えております。
現在、これまで各組織で実施してきた取り組みをまとめ、グローバルな方向性を明確にするため、特命担当の下にワーキングチームが立ち上がり、動き出したところです。
――具体的にどのような取り組みを進めていますか?
山本さん:例えば、臨床試験の評価において、患者さんの主観的な評価を取り入れたり、患者さんに求められるデータを構築するなどの取り組みを少しずつ進めています。いざ薬が発売された際には、製薬会社の営業職であるMRが医師などの医療関係者への情報提供を行いますが、先生方の目線になってしまうこともあります。本来であれば、患者さんがどういうものを求めているのかという視点を持って情報提供することも必要です。
――医師目線だと、薬が効くか効かないかという効果の部分が重視されると思いますが、患者さん目線では具体的にどのような違いがあるのでしょうか?
山本さん:例えば、がんの治療薬において、医師は延命効果など疾患の治療成績を重視されますが、患者さん目線で考えると、それに加えて、その場の痛みや苦しみがどうであるかなども重要視される要素です。今は、そのような観点にも目線を向けていくようになり、そのために患者さんの声をより取り入れようとしていることを強く感じています。
原田さん:欧米では、臨床試験の中でも患者報告アウトカム(PRO:Patient Reported Outcome)[i]などの指標を取り入れようとする活動があります。また、患者さんの立場に立って、政策や制度面から問題解決に取り組む活動としてPatient Advocacyという活動がありますが、これは製薬企業と患者さんをつなぐ極めて重要な活動です。こういった活動を通じて、患者さんや社会にとってより良い医療が提供される社会の実現に貢献していきたいと思います。第一三共グループは、患者さんを始めとするステークホルダーの声に耳を傾け、一緒に価値を共創していく取り組みをより一層推進してまいります。
[i]臨床試験において医師による評価ではなく、患者さん自らの評価や症状の訴えなどの報告のことをいう。
8つのマテリアリティとその制定プロセス
――現在の8つのマテリアリティとその制定プロセスや、制定プロセス決定の考え方などについてあらためて教えてください。
有馬さん:当初、第5期中期経営計画が発表される直前に、当社グループの中長期的な企業価値に影響を及ぼす重要度と、様々なステークホルダーからの、すなわち社会からの期待度の両面から、中長期的な取り組み課題を抽出しました。その後、経営会議や取締役会メンバーによって複数回議論を重ね、最終的に2020年3月に持続的な成長に向けた重要課題を「マテリアリティ」として特定し、第5期中期経営計画を発表しました。
当然、第5期中期経営計画で取り上げた内容ですので、業績目標管理制度と関連づけられており、各委員会を通じてKPI目標値の進捗確認が行われています。
原田さん:マテリアリティKPI項目や目標値は、第5期中期経営計画と連動していますが、業績目標管理・評価と連動していない指標もあり、その点は課題と認識しています。
中期経営計画と連動したマテリアリティのKPI
――KPIの設定の際に、全社員が納得してコミットでき、目標としてうまく機能するように工夫したことはありますか?
原田さん:できるだけ第5期中期経営計画で設定している戦略の柱のKPIと連動させるように進めました。戦略KPIは各組織の年度業績目標や評価と連動しているため、目標管理の観点からはうまく機能している部分もあると思います。当社グループのマテリアリティ(事業マテリアリティ)はいわゆるCSV(Creating Shared Value)です。第一三共として財務的にも社会的にも最重要課題であり、社会的価値と経済的価値の双方を生み出し、持続的価値創造を循環させることを企図し、マテリアリティ毎の中長期課題を見据え、KPI項目や目標値を設定しました。
一方で各組織においては戦略KPIがマテリアリティの指標であるとの認識は薄いかもしれません。また、全てのマテリアリティKPIが戦略KPIと完全に一致しているわけではありませんので、課題を認識しています。そこは次の中計で改善していきたいと考えており、検討を進めています。
革新的医薬品を生み出し続ける第一三共の企業力を示すKPI「優先審査制度への指定数」
――この数字がよくなれば社会にとっても、自社にとってもよいというような、数値やKPIはありますか?
原田さん:マテリアリティの1つに「革新的な医薬品の創出」というものがあり、そのKPIに「優先審査制度への指定数(累計)」という指標があります。これは昨年度に新たに設定したもので、革新的な医薬品を提供できる会社にしか達成できない目標であり、私も非常に良い指標だと思っています。
主要国各国に医薬品の審査を行う当局(日本では厚生労働省)がありますが、一定の基準を満たす医薬品を対象に審査を早める制度が「優先審査制度」として存在します。医薬品の必要性が高い患者さんに対して、少しでも早く医薬品を投与できるようにするための制度です。日本やアメリカ、欧州、アジアなど、数カ国がこの制度を導入しておりますが、優先審査制度に指定される医薬品数はそう多くありません。「革新的医薬品を早く患者さんに届ける」という私たちのパーパスとミッションを体現したKPIであり、革新的医薬品を創出するポテンシャルを表す指標とも言えます。なお、このKPIについては3年間の指定数累計を継続的にモニタリングし、革新的医薬品を出し続けていける会社を目指していきます。
がん治療薬の提供拡大とCOVID-19ワクチンの発売で医療アクセスの拡大に貢献
――「医療アクセスの拡大」について、この1~2年間で成功した取り組みはありますか?
原田さん:一つは、当社オンコロジー(がん治療薬市場)の製品が提供される患者数が着実に増加しているという点です。これは顕著な成果だと考えます。私たちは、より多くの患者さんにより早く製品を提供することを最優先に考えており、医療アクセスの拡大に貢献する指標として、製品の提供国・地域数、そして提供される患者数の2つを設定しています。これらの数値が増加することが直接社会的インパクトにつながっていくものと考えています。
もう一つは、新興・再興感染症や顧みられない熱帯病(NTDs)への取り組みです。COVID-19のワクチンであるmRNAワクチンの開発を、コロナ禍の時期から行っており、昨年度ワクチンとして発売できたことが大きな成果と言えます。
――逆に、このテーマについて、これができたらなおよかったということはありますか?
原田さん:低中所得国における感染症対策のような地域医療基盤の強化の取り組みやAMR(薬剤耐性)対策など、グローバルな社会課題に対しても今後さらに取り組んでいく必要があると思っています。
感染症の領域はわれわれの事業の注力領域から外れているところではありますが、AMR対策などは国際的にも求められていますし、そもそもインフラや医療基盤の整っていない低中所得国にどうやって医薬品を届けるかという問題に対しても取り組んでいかなければならないと思っています。
原田さん:発展途上国での医薬品へのアクセス改善に関する国際的なランキング[i]では、当社は日本の競合他社と比較して少し順位が低いです。当社のビジネスにはあまり当てはまらない部分もあり、第一三共として、どこまで取り組むべきかをこれから決めていく過程にあると思っています。各社のパイプライン、いわゆる持っている製品が全く違う中でどこまでやっていくべきか、経営とも議論を深めていきます。
[i] Access to Medicine Index(医療アクセスインデックス)…発展途上国での医薬品へのアクセス改善に関する実践や貢献度を評価し、ランク付けしたもの。国際的な非営利団体でありオランダを拠点とする「医薬品アクセス財団」が2008年より隔年で公表している。
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