【取材】「つなぐアルビス」アルビスのサステナビリティ経営(後編)
公益財団法人流通経済研究所
上席研究員 石川 友博
研究員 寺田 奈津美
こんにちは。後編では、食を通じた健康寿命の延伸や、人的資本経営、事業を通じた地域社会の課題解決などについて、中編に引き続き、株式会社アルビスの池田さん、森さんにうかがったお話を紹介します。
※前編・中編はこちら👇
食を通じた健康寿命の延伸:野菜とタンパク質摂取促進に注力
――サステナビリティ経営の理想を10点満点とすると、現状からさらに1点上げるために、今後やりたいと思っていることはありますか?
池田さん:ひとつは、健康寿命を延ばすための取り組みです。
平均寿命が10年延びても、健康寿命が延びなければ、人々が介護を必要とする期間が長くなるということなので、これは避けなければなりません。また、お客様が健康でいてくだされば、当社のお店にもご来店いただけますし、その取り組みを知っていただければ、アルビスのファンも増えるはずです。
森さん:昨年は、1日350グラムの野菜を摂取する取り組みとして、「らくベジ350(さんごまる)」というタイトルで、野菜を摂取できる弁当などのメニューを提供しました。
以前は、「なぜ350グラムの野菜を摂る必要があるのか」「どうやって摂るのか」といった情報が十分に伝わらず、お客様に理解してもらうのが難しい部分もありました。そこで、当社の工場で作っている商品について、その商品で摂取できる野菜の量を価格ラベルに表示することで、お客様が手に取った時に自然に知識を得られるように工夫しました。
スーパーマーケットでの買い物を通じて「知る、学ぶ」という体験を提供することに注力しています。
森さん:さらに、今年は特に65歳以上の高齢者のタンパク質摂取量に注目しています。タンパク質の摂取はフレイル[1]などに影響するため、食事を通じて健康を維持することが重要です。高齢者は同じものを食べたり偏食になりがちなであるため、タンパク質摂取を促進する取り組みを進めています。
[1]フレイルとは、加齢に伴う様々な機能変化や予備能力低下によって健康障害に対する脆弱性が増加した状態のこと。病気ではないけれど、年齢とともに、筋力や心身の活力が低下し、介護が必要になりやすい、健康と要介護の間の虚弱な状態。
森さん:これまで、魚などのタンパク質が豊富な食品を紹介しながら、タンパク質摂取の重要性を伝えてきました。現在は、病院の整形外科などと協力し、地域のお客様にフレイル対策や筋力低下防止のため、日常的に十分なタンパク質を摂取するよう促進しています。
その一環として、「これを食べれば一定量のタンパク質が摂取できる」というような商品を開発中です。また、売り場の見せ方やお弁当の表記の仕方も変えていく予定です。
特定の食品を食べれば健康になるというのではなく、偏りなくバランスよく食べるという意識が大切です。商品を手に取ることでどのような効果があるのかを理解してもらい、意識を改善することを目指しています。
今後は、「アルビスに関わる地域の方々や従業員が健康でいられる期間を延ばすために何をすべきか」をテーマに、タンパク質摂取に関する知識の普及や、それに適した食事とはどういうものかをお伝えしていくということを会社の取り組みの軸にしていきたいと考えています。
――なるほど、わかりやすく伝えることが重要になるのかもしれないですね。
森さん:興味を持ってもらい、知ってもらえれば、自然とその後の行動につながると思います。
例えば、昨年から、野菜の摂取量を測定できるカゴメさんの「ベジチェック®」という測定器を10店舗以上に設置し、買い物中に野菜の摂取量を測ってもらう取り組みを始めました。
ベジチェックを利用した人は野菜の購入率が高いようです。チェックの結果、野菜の摂取量が低ければ、「もっと食べなきゃ!」と思って、余計に野菜を買うようになるからです。このベジチェックの結果は2~4週間前の野菜の摂取量を反映しているため、測定したお客様には「今日からたくさん野菜を食べて、また1か月後に測りに来てくださいね。」とお声掛けすると、お客様はまたお店に来てくれます。
このような、自分たちの健康にどうつながるかを知るきっかけになる仕掛けを作っていきたいと考えています。
池田さん:今後、高齢化と高齢者の単身化が進む中で、一人ひとりが健康でいることがますます重要になってきます。だからこそ、そういった取り組みを進めていきたいと考えており、それも、ただ啓発をするだけではなく、実際に成果が見えるような形で進めていけたらと思っています。
森さん:私たちの強みは、ドラッグストアのようにサプリメントなどで栄養を補う提案をするのではなく、食事を通じて体の中を改善していくことにあります。食べることの楽しさやおいしさも含めて、食品を摂取しながら健康に生きるためのさまざまな提案ができるという強みを大切にしていきたいと思います。
多様性と人材育成に焦点を置いた人的資本経営
――人的資本経営に関する取り組みについて教えてください。
森さん:人への投資としては、現在、認知症サポーターの資格取得を推進しており、すでに675人が取得しています。
また、最近は熱中症の発生が増えており、今年も暑くなると予想されているため、従業員には熱中症対策アンバサダーの資格取得を推奨し、熱中症に関する対応方法を学んでもらっています。(241名取得)これにより、お店で熱中症の対応が必要になった場合や、公園など、お店以外の場所でも熱中症の方に対応できる準備を整えています。
地域の課題解決に関しては、店舗の従業員が関わって進めることを重視しています。直面している課題には迅速に対応し、将来的に予測される問題には早めに準備をして、少しずつきっかけを作っていくという方針で進めています。
池田さん:多様性の推進に関しては、以前から、障がい者が長期にわたり安定して働ける職場づくりに力を入れてきました。現在、障がい者の雇用率は全体の4%以上です。当社は障がい者の方が自立して生活できるだけの十分な給与を保証し、安心して活躍できる職場環境の整備に努めています。
障がい者雇用を10年ほど前に始めた時、「素晴らしい社会貢献ですね」と言われましたが、障がい者の方に仕事をしてもらうことを「社会貢献」と言うのは失礼だと思っていました。彼らが自立して生活できるよう支援することが会社の責任だと考えており、そのような姿勢で障がい者雇用に取り組んでいます。現在、彼らが自分の仕事にやりがいを持って取り組んでくれているおかげで、非常に助かっています。
池田さん:また、通年で外国人採用を行っており、コロナで一時中断していた技能実習生の採用も再開しています。外国人の従業員はこれからもさらに増えていく見込みです。
身だしなみに関しては、一定のルールを定めつつも、基本的には自由で、個性を生かしてもらうことを重視しています。お客様に不快感を与えたり、威圧的に感じさせるものでなければ問題ありません。
また、人材育成にも力を入れています。これまでは、新入社員からチーフ級になるまでの教育は充実しており、店長や管理職になった際の研修も実施していましたが、さらに上の研修が不足していたため、経営幹部候補の事業計画作成研修などを新たに設けました。今年はDX人材の育成に関する研修を実施しており、現在6人の社員が週に一回、富山大学で授業を受けながら、地域のコミュニティとしてのスーパーマーケットのあり方をテーマに研究しています。データを活用しながら仮説を立て、その仮説を大学の近くにある当社の店舗で実践することにトライしています。
――人材育成にかなり力を入れられているのですね。
池田さん:スーパーマーケット業界はまだ賃金水準が低いので、生産性を上げながら賃金を向上させる必要があります。仕事として選ばれる業種、会社になるために、この点もしっかり対応していかなければならないと思っています。
――サステナビリティの推進において、ベンチマークしているものはありますか?
池田さん:加盟しているCGCグループの環境委員会などで集まる際に、取り組み事例をお互いに共有し、実施可能なものは取り入れることを検討するようにしています。とはいえ、持続的に実行できることを重視しているため、一度に多くのことを取り組むのは難しいですが、そうした集まりから得た情報を基に、今年はこれをやろうという計画を立てて進めています。
――投資家やお客様、地域の方への情報発信で工夫されていることはありますか?
池田さん:これまでは、主に財務的な業績に関する発表が中心で、業績の変化や取り組みの進捗について説明することがほとんどでした。しかし、現在では非財務情報の取り組みも合わせて発表し、加えて、地域との関係づくりについても説明しています。
当社は個人株主の割合が非常に高く、その方たちはすなわちアルビスのお客様でもあります。そのため、事業を通じた地域社会の課題解決に関する情報を積極的に発信しています。投資家向けの説明会のほかにも、新聞やテレビCMを通して、アルビスのメッセージを株主やお客様、地域の方々に伝えるようにしています。
森さん:こうした小さな積み重ねが実を結び、さまざまなところから声をかけていただく機会が増えたと感じています。学校からの見学希望や、一緒に何かをやりたいというお声がけも増えてきましたし、これまで接点のなかった団体や行政、自治体、社会福祉協議会などからの問い合わせも増えています。投資家目線にとどまらず、地域からの反応が増えていることを実感しています。
事業を通じた地域社会の課題解決に取り組むことでファンが増え、それが継続的な利益創出につながる
――「なぜ、食品小売業が社会課題の解決に取り組むべきなのか。」「自社の抱える問題で手いっぱいで、社会課題にまで手が回らない。」といった声がありますが、社会的価値と経済的価値の両立についてどうお考えですか?
池田さん:私たちは上場企業であるため、基本的に増収増益が当然のように期待されています。コロナや、ここ1~2年の地政学リスクに伴うエネルギーコストの上昇、物価上昇、異常気象などさまざまな環境変化がある中で、収益を確保できる体制や構造の構築が必要であり、持続的に利益を上げ続けるためにはどうすべきかを常に考えて経営を行っています。
決して短期的な利益を犠牲にして、社会課題解決に取り組んでいるわけではありません。
当社は、社会の中で価値のある企業でなければ、企業としての利益を生み出せないと考えています。ですので、両立を図りながら取り組んでいかなければなりません。上場企業として投資家に対して「なぜこの取り組みを行うのか」を説明する際には、会社としての将来の利益を生むということを強調しています。
私のこだわりは、「事業を通じた」地域社会の課題解決です。事業を通じて地域社会の課題解決に取り組むからこそ、最終的にはその効果が事業に還元されると考えています。
一般的に社会価値と経済価値の両立が重視されるようなってきていますが、具体的に社会的価値を高めることが経済的価値、つまり利益につながる理由として、社会課題解決の取り組みによってアルビスのファンが増え、その方たちが買い物に来てくれることで、企業としての利益が継続的に生み出されるからです。また、世の中全体がそうした風潮になってきていることを肌で感じています。
森さん:特に今、若い世代で共感していただける人がすごく増えてきていると思います。当社は、スーパーマーケットは地域のコミュニティを生む場所であると考えています。お客様がお買い物をするだけではなく、好きで来てくれる場でないと、社会の課題解決に取り組む企業との差別化にもならず、購入動機にもつながらないと考えています。
例えば、大学生からも「地域社会の課題解決をしているアルビスでこれから買い物します」といったコメントをもらったり、小中高の生徒さんたちが店を訪れた際の会話でも、「SDGsにどう取り組んでいますか?」と質問されることが増えました。環境が大きく変わったと感じています。将来、彼らがどのスーパーマーケットを選ぶかを考えると、このような子供たちの期待にも応えられる会社であるべきだと思っています。
まとめ
今回は株式会社アルビスのサステナビリティ経営について、取り組みのきっかけや推進体制、フードドライブや環境などの取り組み、事業を通じた地域社会の課題解決についてご紹介しました。その中で、特に重要なポイントとして、以下の3点が示唆されました。
① 事業を通じた地域課題解決によるサステナビリティ経営の実現:事業を通じて地域社会の課題解決に取り組むことで、お客様からの支持を集め、アルビスファンを増やし、地域で選ばれるスーパーマーケットとなっている。このようにして、社会的価値と経済的価値を両立するサステナビリティ経営を実現している。
② 全員参加型の推進活動「つなぐアルビス」:「つなぐアルビス」をキーワードに、全員参加型の取り組みを推進している。店舗に会社の取り組みを掲示し、どのような活動をしているのかを知ってもらう機会を提供する一方で、社員一人ひとりにも自分が取り組むことを名札に書いて宣言してもらい、主体的に関わってもらうよう促している。
③ お客様とともに環境について考える「みんなのグリーンアクション宣言」:環境への取り組みの中で、「みんなのグリーンアクション宣言」のイベントでは、店舗にパネルを設置し、お客様自身が実践できる環境行動を宣言し、パネルに貼ってもらうことで、お客様も参加できるものになっている。お客様に自社の環境の取り組みを知ってもらいつつ、環境について考えてもらい、環境配慮商品を知って選ぶきっかけを提供している。
アルビスがサステナビリティ経営に取り組む背景には、「地域社会に貢献できるスーパーマーケットでなければ、地域の方々から見放されてしまう」という強い思いがあります。
サステナビリティの取り組みを、単なるコストではなく、事業の一環として捉え、自社のファンを増やし、利益に還元するスキームを構築している点が注目されます。具体的には、環境や社会に配慮した活動を通じて地域の信頼を得て顧客基盤を強化し、最終的には売上や利益につなげています。こうすることで、社会的価値と経済的価値の両立を実現しているのです。
現在、社会的価値や非財務的価値が重視される風潮が広がる中で、中長期的な成長戦略として、どのような取り組みが自社の利益につながるかを模索し、実践するかどうかが、企業の存続をかけた分水嶺となるでしょう。
――池田さん、森さん、ありがとうございました!
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