
【取材】サステナビリティ時代の企業経営:りそなアセットに聞く社会課題解決と持続的成長の両立への道(中編)
中編では、社会課題の解決と持続的成長を両立させるための経営者へのアドバイスに加え、今後重視すべきESG課題、人的資本、ウェルビーイングについてお話を伺いました。
前編に引き続き、りそなアセットマネジメント株式会社 チーフ・サステナビリティ・オフィサー 常務執行役員 責任投資部担当の松原稔さんの見解をご紹介します。
公益財団法人流通経済研究所
上席研究員 石川 友博
研究員 船井 隆
研究員 寺田 奈津美
※前編はこちら👇
経営者へのアドバイス:「1日のうち10分だけでも長期の視点で、自分たちの会社が社会にどのように役立っているのかを考える時間を持つ」
――つまり、収益と社会価値をつなげるストーリーを評価するということですね。今のお話とも関連する部分があると思いますが、社会課題解決と事業の両立や中長期的な視点での経営がうまくいかない企業もあります。そういった企業に対して、資産運用会社は投資家としてどのような支援やアドバイスを行っているのでしょうか?また、こういったアプローチが効果的だった事例があれば教えていただけますか?
多くの企業から事業運営と社会的課題解決の両立が難しいと言われることが多いのですが、事業運営を続けることは必要条件ではありますが、十分条件ではないと思っています。社会的課題解決は、むしろ必要かつ十分条件であるべきだと考えています。その理由は、企業が存在する多くの背景には、創業者が何らかの社会課題を解決したいという思いから始まった歴史があるからです。特に日本では、起業家が単に儲けるために会社を立ち上げることは少ないのではないかと思います。
最終的に行き着くべきところは社会課題の解決だと考えています。しかし、社会課題の解決を目指す場合、今すぐに取り組むべきことと、将来的に実現していけばよいことがうまく一致しないことが多いのが現実です。社会課題への取り組みが先行していると、「良いことをしているけれど、なかなか利益にはつながらない」といった状況が生まれますし、逆に、「利益は上がるけれど、社会課題とは少し離れている」というケースは多いのではないかと思います。
それは、企業にはある程度のステージに到達するまで成長し続けなければならないというミッションがあり、その過程では、誰かの資源を自分たちの財務資本に取り込んでいく※ステージが必ず存在するからです。つまり、常に企業が成長を繰り返そうとした時に、(自然資源などの)他の資源を自社の財務資本に変換していかなければいけないステージがあるということです。おそらく多くの企業ではそのような変換をする期間が長らく続くと思われます。
※「財務資本に取り込んで行く」とは、企業が外部の資源や資本を自社の財務状況に活用することを指す。具体的には、企業が他者から資金やリソースを調達して、その資金やリソースを企業の運営や成長に必要な形で利用することである。
例えば、投資家からの資金調達、銀行からの融資、または他社との提携によって得た資源を自社の成長や事業運営に活用して、企業はさらに成長を続けるための基盤を作ることができる。(ただし、ここでいう「他の資源」は融資などの資金や物的・人的資源だけでなく、自然資源も含まれる)
「資源」と「資本」は何が違うのかというと、資源は使ってこそ価値があるものですが、資本は増やしてこそ価値を持つものです。例えば、自然資源や環境資源、鉱物資源などがありますが、資源は基本的に使うためのものです。例えば鉱山で採掘してダイヤモンドや鉄鉱石を掘り尽くすような行為は、自然資源を財務資本に変換していると言えるかもしれません。
しかし、そのようなプロセスを経て財務資本が蓄積され、企業の事業運営が軌道に乗り始めた時、本格的に社会課題の解決に向き合う段階に展開します。この時、資源を財務資本へ変換する企業が、今度はその資本を使って、どうやって享受してきた資源をもとあった状態に戻したり、社会に還元するかを考えることになるでしょう。
例えば、住友の歴史を考えると、元々住友家は別子銅山を開発したことに始まり、そこから得た富を蓄積して財務資本をはじめとする内部資本を増やしました。その後、住友本社は別子銅山を元に戻すという取り組みを行いました。今では別子は、かつて町があった場所が森林に覆われた山奥になっており、最終的にはその土地を元に戻したということです。実際に私も別子に行って確認しました。
こうした歴史を振り返ると、企業が社会課題解決のために成り立っているということは全く正しいけれども、その過程で、資源を活用して財務資本を蓄積するというプロセスが多くの企業で必要となってくると考えられます。しかし、財務資本が蓄積された後は、再び社会課題と向き合い、両方を実現していくことが求められるのではないかと思っています。

企業の発展の過程では、事業運営と社会課題の解決は、常に「と」の関係ではないと考えています。短期的には「か」の関係、つまり「社会課題の解決か、事業運営か」という選択の世界だと思います。しかし、どこかの時点で社会課題の解決を意識し始めると、それが「と」の関係になっていくのではないかと考えています。
そのため、企業に対して「こうしなければならない」と一概に申し上げることはできません。企業というビジネスを行う存在自体が、常に、先ほど述べたような矛盾をはらんでいるからです。しかし、長い目で見た時に、事業運営と社会課題の両立を図るという意識を持つことが不可欠であり、それをわれわれは企業に伝えていかなければならないと思っています。そうしなければ、きっとその企業の持続可能性が失われ、「どれだけ財務を蓄積すれば十分なのか」という社会からの厳しい目が向けられることになるからです。
例えば、ある大企業は、長年にわたり資源を搾取して成長を続けましたが、「まだそれでも成長を追い求めるのか」という社会からの批判が噴出し、最終的にはその会社の存在そのものが否定されるような状況に追い込まれました。そのように、一定の成長が必要であることは事実ですが、それを超えてなお成長を追求し続けることは、社会から見放されるリスクを伴います。それは中小企業でも同じことです。
ですので、経営者におかれては、1日24時間という時間が与えられている中で、23時間50分は短期視点でいいです。でも、10分だけでも中長期の視点で、「自分たちの会社が社会にどのように役立っているのか」ということを、ふと考えている時間を持ったほうがいいですよ、とアドバイスしています。
――どの企業においても、事業運営を続ける中で、資源を資本に変換する期間が長く続くことは必然ですが、その期間に中長期的な視点で将来を考え、社会課題解決に向けた意識を持たなければ、企業の持続性が失われるだけでなく、最悪の場合、社会から見放されて不要な存在とみなされるような事態になるかもしれない、ということなのですね。
そうですね。どうしても「事業運営と社会課題の解決」が『と』にならないんですよね。「論語とそろばん」の渋沢栄一さんのご子孫・渋沢健さんが常に言っておられることですが、常に「と」というのを意識されています。「と」というものの意味や思いを実現するために、企業経営というものの難しさがあるのであり、「と」にしないで、「か」にしてしまったら、身も蓋もないですよね。
社会からの期待の増大が企業を社会課題解決に向かわせている
――日本企業の中長期的な社会価値向上と持続的成長の実現に向けた経営について、現状のレベルは上がってきていると思われますか。また、その理由や背景について、教えていただけますか。
はい、確実に上がってきています。それは、経営者が「と」を意識するようになっているからだと思います。
――どうしてそのように変わってきたのでしょうか?
1つは、やはり社会からの要請が強まっているといえると思います。その理由として、10年前の企業の力と今の企業の力は比較にならないほど大きくなったからだと考えています。10年前や20年前の企業は、資本市場でも大きくても数兆円規模だったと思いますが、今では数十兆円、アメリカでは、NVIDIAのような数百兆円規模の企業が登場していますよね。
それだけの大きなパワーを企業が蓄積してくると、各企業が自由に活動してもいいというわけにはいかなくなります。社会全体を見渡して、自分たちの活動がどんな意味を持つのかを考える必要が出てきたということだと思います。
以前調べたことがあるのですが、1国のGDPと企業の売上高を比較すると、企業のCEOの方が国よりも大きな力を持っている場合がたくさんあります。例えば、AppleやFacebookなどを見ても、どこかの小さな国と比べると、そのCEOの方がずっと大きな影響力を持っていると感じることが多くあると思います。
日本でも、トヨタなどはGDPの小さな国と比べると、トヨタの経営者の方がずっと力を持っているはずです。そういった企業やCEOたちが世界中にゴロゴロいる状況を考えた時に、逆に社会が企業に対して期待することは、10年前や20年前に比べてかなり大きくなってきているはずなんですよね。そのような背景から、自分のために何かしらのビジネスを成功させるというよりは、社会の持続可能性とどう両立させていくかというステージに進んでいるのではないかと思います。
つまり、経営者が最初から善意で進んで変革を行ったわけではなく、企業の力が大きくなるにつれて、社会からの期待も並行して高まり、その期待が強くなるほど、経営者は「と」を意識せざるを得なくなってきているのではないかと思います。恐らく、こうした流れがある意味で自然な成り行きではないかと私は感じています。
今後、資産運用会社として特に重要視するテーマ
――今後、資産運用会社として特に重要視する取り組みについてお聞かせいただけますか。また、金融を通じて持続可能な社会を実現するために、今後特に注力したい分野やテーマについてもお考えをお聞かせください。
当社は「責任投資に関するマテリアリティ」として、「気候変動の緩和」「気候変動の影響への適応」、「自然資本の持続可能な利用」、「児童労働・強制労働の撲滅、労働条件の改善」「貧困、富の不平等の解消」「少子高齢化への対応」「DE&Iの向上」「コーポレートガバナンスの向上、 経営の透明性の確保」です。

(出所:サステナビリティレポート 2024/2025)
当社ではこれらのすべての取り組みを重要視していますが、その中でも特に「DE&Iの向上」に力を入れています。
――それはどういった理由からでしょうか?
「DE&I」の「E」の部分について、まだ企業によっては「イクオリティ(Equality、平等性)」が重視されています。しかし、私たちが目指すべきは「エクイティ(Equity、公平性)」です。この点には、まだ大きなギャップがあると感じています。
「公正」であることと「平等」であることは違うのです。私たちが考えているのは、公正であることであり、機会の平等ではなく、個々の状況に応じた公正な対応を目指しています。公正とは何かということは非常に難しいですが、一律に見るのではなく、企業の従業員やステークホルダーの個別の事情を考慮することです。しかし、このようなアプローチにはコストがかかるため、そのバランスを取ることが非常に重要だと考えています。これを、企業がイクオリティのままでいいのだと捉えてしまうと、「DE&I」としては十分とは言えないと思います。

(出所:“ Interaction Institute for Social Change | Artist: Angus Maguire.”)https://interactioninstitute.org/illustrating-equality-vs-equity/ 2025年1月9日最終閲覧
人的資本とウェルビーイング経営について
――人的資本経営や従業員のウェルビーイングに積極的に取り組む企業が増えており、そうした企業は業績が良い傾向にあると言われています。これについてどのようにお考えでしょうか?
私は好意的に受け取っています。なぜかというと、従業員の働き方、働きがい、働きやすさの3つが重要な要素として考えられますが、それを長期的に維持しようとする場合、ウェルビーイングへの投資が重要になってくるからです。
ウェルビーイングとは、日本語に直せば「良い状態」を意味しますが、その「良い状態」とは何かというと、主に2つの側面から考えることができます。1つ目は外的動機、そして2つ目は内的動機です。
外的動機とは、例えば「給料を上げる」「待遇を良くする」といった、物理的な報酬や福利厚生の改善などを指します。一方で、内的動機は、例えば、「やりがいを感じること」「仕事に意義を見いだすこと」、または「自分が会社でどんな役割を果たしているのかを実感すること」など、自分の有能感や、会社に対する貢献実感が含まれます。
こうした内的動機は従業員満足度を高め、「自分が頼りにされ、必要とされている」と感じることが、長期的に見ても生産性を向上させる重要な要素となります。そのため、ウェルビーイングを重視する企業の業績が良い傾向にあるのは、理解できることだと思います。
――ウェルビーイングに取り組む企業の具体例や経営における特徴があれば教えてください。
どの企業においても人的資本は重要な要素となっていますが、特に第3次産業では、人的資本が他の要素と比べて非常に大きな割合を占めている傾向があります。このため、第3次産業の企業は、第1次産業や第2次産業の企業に比べて、人的資本に関する情報発信に積極的に取り組んでいることが多いです。具体的には、ICT企業や銀行、商社などの卸売業などが該当します。これらの企業は製品を直接生産するわけではありませんが、そのビジネスの成功には従業員の力が不可欠であり、人的資本に対する取り組みを丁寧に説明するケースが多いと感じます。
「Why(なぜやるのか?)」と「Cause(企業のアクションが最終的に企業価値、社会価値にどうつながるのか?)」を重視
――投資先企業との対話で特に重視している点や、企業の開示情報で注目しているポイントについて教えてください。また、それに対して企業が求められることは何でしょうか。
まず、私たちは「Why(なぜ)」の視点を非常に重視しています。「What(何をしているのか)」「How(どうやっているのか)」よりも、「なぜそれをしているのか」「なぜそれを重視しているのか」という問いに焦点を当てています。
例えば、ある企業が「人的資本経営を目指しています」と言った場合、「なぜ人的資本経営が重要だと思っているのか」という質問を投げかけます。企業がなぜその方針を掲げているのか、なぜその取り組みを進めたいと思うのか、その理由を深く掘り下げることが重要です。それに対する企業の説明が納得できるものであるかどうかが、非常に大切な要素だと考えています。
企業情報の開示について、投資家が注目しているポイントは、上述の内容と通じますが、「因果性」にあります。
つまり、企業が行うアクションがどのようなアウトプットを生み出すのか、そしてそのアウトプットからどんな結果(アウトカム)が期待されるのか、最終的にどのようなインパクトをもたらすと考えているのかという因果関係です。私は、この因果性に非常に注目しています。企業ごとに、どのように因果性を作り出しているのかは異なると思うので、その点に納得感があれば、私はその企業の戦略を十分に評価したいと思います。
経済の本質は因果性にあるとも言えます。例えば、アダム・スミスの『国富論』の原題は「Cause(原因)/An Inquiry into the Nature and Causes of the Wealth of Nations」です。要するに、国の富を築くために、原因となる要素を明らかにしようというのが主題です。経済やビジネスも、こうした「Cause(原因)」の連鎖だと考えています。その観点から言うと、重要なのは、「その企業のアクションが最終的に企業価値にどうつながるのか?」という因果関係が明確であることだと思っています。
💡後編では、流通業のサステナビリティ推進ととるべき対応や、中堅・中小企業のサステナビリティ推進、責任投資の展望とリベラルアーツの重要性などついてご紹介します。
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