21.失敗は成功の素(チャラ男風味)
24歳になる年。
理学療法士の資格取得のため専門学校の夜間部に入学、勤労学生になった。
うちのクラスは30人ほど。夜間部ということもあり年齢もバラバラ、下は高校卒業したばかりの18歳、上は50代まで。
別に友達をつくるために通うわけではないけど4年間も同じクラスになるのだから、仲良くやりたいなっていう気持ちはあった。
――以前の専門学校S校のことを思い返す。
入学当初、慎重になり過ぎて大人しくしていたことで“大人しくて真面目な人”として、それを自分の役割として過ごした。なかなか馴染めず、それを打開するのにも時間を要し、最終的に友達らしい友達はできなかった。[5.上阪での失敗〜俺は枝豆〜参照]
その失敗を活かすことにした。
俺は当時、上は黒のジャケットを羽織り、下はジーパン、靴はローファーまたはブーツ、前髪は目にかかるぐらいの長さでセンター分け、横髪は耳たぶよりも長く、えりあしは後ろえりに掛かるぐらいの長さ、トップには軽めのパーマ――そんな風貌だった。
教室の座席は2人がけの長テーブル、入学当初の俺の席は1番前のど真ん中だった。
まだ静寂に包まれていた教室。そんな空気を切り裂くように、近くの席の人たちに積極的に話しかけまくった。「何歳なんですか?」「仕事何してるんですか?」「出身どこですか?」「えっ、同い年やん!!」「えーーっ、沖縄出身なんですか!」「18歳なん!? そんな若いのに夜間ってすごっ」とにかく声をかけまくった――。
――気付くと、俺を中心としたパーティ5、6人で帰路についていた。さらに「〇〇会」と俺の名前のグループラインまでつくられ、飲み会が催された。
「友達ができるか不安」「独りが苦手」そういった不安を抱き、且つ自ら話しかけることが苦手な人は、特に最初は喋ってくれそうな人、面白そうな人、そんな人たちが集まるグループに近寄りたくなるんだろうなぁ。誰だってきっと独りはつらい。俺は知っている。
積極的に話かけていたことに加え、当時の風貌も相まって、次第に俺は『チャラ男』と囁かれるようになった。これは予想外で不本意だった(笑)
以前の専門学校S校でも、最後のほうは『チャラ男』といじられることもあった。だが、そのときとは成り行きも質も違う。[6.今の自分は好きですか?参照]
クラスで飲み会が開かれたとき、一人一人簡単な自己紹介をする流れになった。俺はそのときに、
「チャラそうって言われだしてるんですけど、全然チャラくないんで!」
ちゃんと否定したくてそう伝えた。その直後、
「チャラ男ーー!」
歓声が上がった……。
なんでじゃぁぁああああ!! ちがーーーーう!!
完全にフリになってしまった……。これぞ大阪のノリ……。こりゃ参った……。
チャラ男……。想定外ではあったが、いじられることは楽しかった。ただ、俺はチャラ男ではないし、俺の脳に『チャラ男マニュアル本』は無い。
チャラ男としてブレイクしていた芸人をテレビで見たことがあったが、俺もああすればいいのか……。できるかな……。
とりあえず………
「きみ、かわうぃねー!」
「きみ、かわうぃーね!」
手はこうか……。ビシッ!! ビシッ!!
「きみ、かわうぃねー!」 ビシッ!!
「きみ、かわうぃねー!」 ビシッ!!
もっとテンション上げたほうがいいか……。
「きみ、かわうぃぃねぇぇえええ!!」
ビシャッッッ!! ビシャッ! ビシャッ!
「ラッスンゴーレライ、ラッスンゴーレライ……」
「・・・・・・」
「ふぅーーー」
「・・・・・・」
――俺は、なにやってんだ……。
一瞬真っ暗になったスマホ画面に映る自分の顔を見て、我に返った。
チャラ男という役割を果たすことは無理だと、察しがついた。
「いや、チャラくないから!」「チャラ男じゃねぇ!」ツッコむことに徹した。
入学しておよそ3ヶ月後、再びクラスの飲み会があった。
そのとき俺の隣に座ったクラスメイトは、男の人で、身長180㎝以上あり、スタイリッシュで、俺よりも髪が長く、茶髪で、しっかりパーマ(実はパーマじゃなくセットらしい)で、かなり熟成された小麦色の肌をしていた。
俺はそれまでこの男の人と喋ったことがなかった。俺よりも年上だということは把握済み、なんとなく恐そうというか、近寄りがたい雰囲気があった。動物で例えると、ライオンとかハイエナとかトラとか、そういった類だろう。いっぽう俺は、ラマとかラクダとかヒツジとか、そういった類。俺まつ毛長いし。ただ、ここではライオンのタテガミをつけたラマだ。俺はラマ。ラマだ。ライオン風のラマ。ライオンにはなれないラマだ。
肉食と草食。主に野生で、狙った獲物を果敢に追いかけ、サバンナを勇猛に生きるライオン。主に家畜で、主人に求められたときだけ荷を運ぶなどの役割を果たすが、それ以外は、のほほ〜んと過ごすラマ。
食べ物も、住む世界も違う。本来なら相容れない関係だ。実際、俺はそういう類には接近せず、むしろ食われないように避けてきた。
座敷に座り、隣にいるライオンの気配に気を張りながら、とりあえずの生ビールとお通しの枝豆をポンッ、ポンッ、ポンッ、とテンポよく口の中へ葬った。
「なぁなぁ」
ビクッ!!
「はいっ?」
――やばい、狙われた!! なになになに!? こわっ。お手柔らかにお願いしますぅぅぅ。
「なぁ、合コンしてくれへん?」
へっ……?
待って待って待って……。んっ……? 合コン……? えっ、この人……。チャ…どうやら俺がラマだと気づかず、仲間として群れに引きこもうとしている。
――なんてこった……。待って、俺はラマなんです……。
この人とはこれが初絡みだった。
まさか初絡みの最初の単語が「合コン」なんて、俺の未来予想図にはなかったし、後にも先にも初絡みでそんなことを言われたのは、このときだけだ。
俺は合コンなんてしたこともなければ、そんな女友達もいない。チャラ男といじられてはいるが本当は違う。俺にそのノウハウはない。
――まじか…… どうしよう……。
「ぼく合コンしたことないんですよ」
俺は正直に伝えた。
「うそやん! できるやろ! お願い、頼むわ!」
「いや、ほんとなんですって! ほんっっとに合コンしたことないですし、そんな女友達もいないんです。チャラ男って言われてますけど、全然そうじゃないんですぅ」
俺は必死に弁明した。
「えーーっ、絶対うそやん。頼むわ」
狙った獲物は簡単に逃がさない。さすがライオン。目つきまで野獣に見えてきたのは俺の気のせいだろうか……。
この人の頭の中の俺は、チャラ男としての認識が根強いみたいだ。それでも俺が否定を続けると、半信半疑で折れてくれた。半信半疑どころか、ほとんど疑いのままだった気もするが……。
よく絡んでいたクラスメイトは、俺がチャラ男ではないことを認識しつつあったが、そんなにも『チャラ男』として定着していたということ。
チャラ男といじられているが、この先チャラ男として役割を全うすることは、やっぱり無理だと悟った。だって、チャラ男じゃないもん。
実はその後、この出会いにより俺はサバンナに足を踏み入れることになる。しかも、その一歩目のときに練習の成果が活きてしまい、ミラクル的に盛り上がった。単なるその場しのぎだったが、俺の評価を上げた。それでもやっぱり無理だった……。
この話はまた気が向いたら書こうかな(笑)
ちなみに言っておくと、このライオンは、のちに親友の1人となる。それは今でも変わらず。ただそれは、お互いにチャ……ライオンとしてではないということは、お伝えしておきます。
ライオンとラマ。縁って不思議だねぇ。
* * *
月日が流れるにつれ、入学当初から一緒に帰っていたメンバーの数人は、他の人たちと帰るようになり、遊ぶグループも少しずつ変わった。それぞれ自分のあるべき場所を見つけていくんだなぁって思う。
徐々にクラスメイトそれぞれのキャラや性格などが見え始め、それに合わせるように俺は鳴りを潜めつつあった。俺は学業にも真剣に向き合っていた。実は真面目なやつだと周りは認識した。俺のことを『チャラ男』としていじることも減少、1年が経つころには完全に無くなっていた。それでも、俺が率先して喋ったり、おちゃらけたり、ボケたりすることに対して違和感はなかった。
それに、いじられること自体は無くならなかった。
年上に対して「〜さん」「〜くん」または、あだ名で呼ぶが、俺のことは呼び捨てにする年下が何人かいた。いや、ほとんどの年下がそうだった。
「何で俺だけ呼び捨てなんや、こらっ!」
「え、だって、もうそうやん」
「ふざけやがってぇ」と俺はツッコむが、それがいい。
授業は21時過ぎに終わるため「ちょっと一杯飲んで帰ろうや」をするのに、ちょうどよかった。よく飲みに行ってはいろんな話をした。俺が自分の考えや想いを語ることもあった。
夜間部の人たちのほとんどが社会人経験を経て、何かしらの想いを抱き、覚悟を決めてここにいる。働きながら通っている。高校を卒業したばかりの人たちにも、それぞれ理由がある。高校生が進路を決める段階で「夜間部に進学」が選択肢にあることが、俺からすれば尊敬に値する。それに、初々しさが眩しかった。
そんなクラスメイトたちの存在は、お互いに刺激になった。
真面目な自分、おちゃらける自分、いじられる自分、いろんな自分が、いい塩梅で存在できた感覚と居心地の良さがあった。年齢層がバラバラなゆえに形成された協調性と、そして何より「理学療法士になる」という共通目標が、より居心地を良くさせた。
それまでに属してきた集団や組織には感じなかった居心地の良さが、ここにはあった――。
以前の専門学校S校に入学した当初、俺は独りだった。学校が終わると独りで帰路についた。次第に俺は“大人しくて真面目なやつ”そんなレッテルを貼られた気がした。だから“大人しくて真面目な人”でいることが自分の役割になり“迷惑をかけない”方法になった。そうあり続けることはしんどかった。あの頃の俺は、その殻を破るためにキッカケと時間が必要だったが、結局ほとんど破れなかった。
しかし、ここでは、自ら積極的に話しかけたことで、入学当初から俺のまわりに人が集まり、数人で一緒に帰路につき、飲みに行ったり、チャラ男といじられたり……。楽しく、良い関係性を築くことができた。それに、徐々に大人しく真面目になる場合にはキッカケは必要なかった。
第一印象で、こんなにも変わるということを、自ら動けばこんなにも変わるということを、身を持って体感した。
『失敗は成功の素』
チャラ男は想定外ではあったが、まぁ結果オーライ。
――なんだか味気ないなぁ……
そう思っている、そこのあなた!!
新商品 『成功の素 チャラ男風味』
少しかけるだけでかなり味変します!!
ただし、好みははっきり分かれます。
中毒性がございます。かけ過ぎには注意してください。
羞恥心と迷想が現れる場合がありますが問題はありません。あなた次第です。
試しに、ひとくちいかがです?