28.分岐点は君がため②
元カノ・Kちゃんとのお話。
[前話:27.分岐点は君がため① ]
Kちゃんとの出会いは23歳のとき、とあるチャットアプリだった。Kちゃんは同い年で看護士。住まいは同じ近畿だが、お互いの最寄り駅までは1時間ほどの距離だった。連絡を取り合っているうちに意気投合し、毎日連絡を取り合う仲になった。
Kちゃんと出会った頃、俺はリラクゼーションサロンで正社員として勤務していたが、辞めることを決意していた。入職当初から辞めたいという気持ちはあったがズルズルと2年弱、会社の都合と迷惑をかけたくない俺の性格が相まって、ずっと辞められずにいた。元々辞めたかった理由も、「とりあえず辞めて違うことがしたい」その程度。具体的にやりたいことがあったわけでもないし、転職も何も決まっていなかった。それでも特に危機感はなかった。「まぁ、困ったら地元に帰ればええか」と楽観的な考えはあった。
上司に退職の申し出をしたのは、その年の6月頃。Kちゃんと出会って1ヶ月ほど経ったときだった。「地元に帰ります」という究極奥義を唱え、少しでも迷惑をかけずに済むよう今年度いっぱいでの退職を申し出、会社と合意。仕事を辞められず店長までさせられた俺が、ついに退職する運びとなった。
その頃、Kちゃんとは付き合うまでに至っていなかったが、どちらかが告白さえすれば付き合えるんだろうなっていうぐらいの熱量があった。
――俺は迷っていた。
KちゃんにはLINEで退職する意向を伝えたのち、会ってからも改めて話をした。Kちゃんと会うのは、その日で3回目だった。仕事を辞めること、四国の田舎に帰る可能性があることを伝えた。すると――
「四国に帰ることは、それだけはアタシが阻止するわ!」
力強い声でKちゃんは言った。
「おぉ…」たじろぐ俺……。
いやいやぁ、ここまで言われたらもう付き合うしかないよね?
その翌日、LINEで気持ちを伝えた俺に
《今さらって感じやな、こちらこそよろしくね》
そんなわけで、Kちゃんと付き合うことになった。
――付き合う前、2回目のデートで水族館に行った。
そのときに初めて直で見たラッコが可愛くて可愛くて。っていうか、ラッコってどうやって浮いてんやろ? 陸で生活してそうな獣なのに何で海で生活してんの? そんなことを思いながら眺め、翌日には『ラッコ 生態』で検索していた。ラッコが手を繋ぐ動画を見て思わず「ひゃーーー!!」ってなった。
水族館からの帰りの電車、俺の隣でうたた寝をしていたKちゃん。電車を乗り換えるとき「行くよ」と、俺は声をかけると同時に右手でKちゃんの左手首を掴み、そのまま引っ張るようにして乗り換えの電車まで向かった。
のちに、Kちゃんは言った。
「あのとき、この人なら安心して一緒にいられるかなって思ってん」
俺からすると、若さがゆえの浅はかな恋愛妄想とうぬぼれによる行動に過ぎなかった。
――俺キモっ!!笑
それに当時、俺はすでに恋愛に対する「やみ」を抱えていて、恋愛に対する期待感や前向きな気持ちは衰退していた。いま思えば、それらの行動や、そもそもチャットアプリをしていたのも、現実逃避のためだったのかもしれない。
* * *
彼女は明るくて、面倒見がよくて、気の強い子だった。
ある日、仕事が休みだった彼女がうちに来ていた。俺が仕事を終えて帰宅すると、夕食を作ってくれている最中だった。
すでに部屋の掃除までしてくれていた。キッチンまわりには、レンジパネルやタオル掛けが設置されるなどのアレンジまで加えられていた。そして、あるものを目にして俺は驚く。部屋にONE PIECEのフィギュアを箱から出した状態で飾っていて、箱は箱で保管していたのだが――まとめられたゴミ袋の中に箱が捨てられていた!! わぉ。
「ちょ、ちょ、これ……えっ!?」
「あ〜それ? いらんでしょ」
付き合っているとはいえ一緒に住んでるわけでもないのに、確認もせず勝手に捨てるかね(笑)。しかも、彼女がうちに来たのは今日でまだ2回目だ。
「書類とか分からんからまとめて置いといたよ」
その配慮をフィギュアの箱にも向けられないものか……。
まぁ正直、箱は一応取っておこうぐらいの気持ちだったからどっちでもよかった。むしろ、ここまであっさり捨てられると清々しい。
そんな彼女を好きになった。
その日、張り切ってご飯を作っていた彼女。
「炊飯器のスイッチ入れるの忘れてたわ」慌ててスイッチを入れながら無邪気に笑う彼女。
「ベタなミスやな」俺は笑う。
そんな彼女を好きになった。
当時の俺は金銭管理がだらしなくて、節約なんていう意識はほぼ皆無だった。自炊もほとんどしない、飲み物も毎日買っていた。そのため、給料日前日に手元に残るお金は雀の涙ほどしかなかった。
ある日、そんな俺に「アタシが家計簿つけてあげるわ」と彼女は言った。その日から買い物する度にスマホでレシートの写真を撮り、彼女に送ることになった。俺は素直に従ってみた。すると、自然に節約の意識が芽生え、毎日ではないが自炊をするようになり、飲み物もお茶をつくり水筒に入れて持参するようになった。
不思議と苦ではなかった。俺のことを気にかけてくれることが嬉しかった。それに家計簿をつけてくれていることで、ふたりで取り組んでいる感覚があって嬉しかった。
そんな彼女を好きになった。
“迷惑をかけたくない”
俺は相手が迷惑とは思っていなくても、迷惑をかけてしまっているかも、と思う。
自分のために何かをしてもらうことに、当然めちゃめちゃ感謝もするが、同時に申し訳ない気持ちになる。それは彼女に対しても変わらない。
彼女がうちでご飯を作ってくれているとき、俺はとにかく落ち着かない……。ただ待っているだけの状況が落ち着かない……。彼女の傍を行ったり来たり……。結局「何か手伝うわ」と声をかけるのだった。
ある頃から、彼女は自宅で作った料理や、親が作った料理の余りをタッパーに入れて持ってくるようになった。家賃5万、ワンルームマンションの狭いキッチンでの調理がやりにくかったのもあったが、気を遣ってしまう俺のことを配慮したうえでの行動だったのかもしれない。
そんな彼女を好きになった。
“迷惑をかけたくない”
何が迷惑になるか分からないから、とにかく気を遣いすぎる俺。人に甘えることが苦手な俺。人に何かをお願いすることが苦手な俺。人に頼ること、人の手を煩わせることが苦手な俺。俺がそういった心持ちで生きていることや、過去のことを彼女に伝えたことはなかった。そんな俺のことを理解していたのかは分からないけど、彼女は自ら、色々なことを率先してやってくれた――。俺が気を遣う間もないぐらいに――。
嬉しかった。
そんな彼女を大好きになった。
《つづく》
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