27.分岐点は君がため①
“人に迷惑をかけない”
それは恋愛においても、彼女に対しても変わらない。
むしろ、大切な人ほどその想いは強くなる。
小学生の頃、迷惑をかけてしまったことで女子たちに虐げられた思い出がある。[10.何が迷惑になるかわからないから 参照]
それ以前から女子と喋ることが苦手な部類だったが、ますます苦手になった。それが風化したのち、いじられキャラとして定着し、いじったり、いじられることによって女子とも絡めるようになり仲良くなった。仲良くなったといっても、基本的にはいじったり、いじられたりの関係。何か語り合ったりみたいな、会話という会話はほとんどしていない。高校3年のとき人生初の彼女ができたときには、「女子と喋れるんですか?」と後輩にもいじられるような俺だ。
つまり、いじったり、いじられたり、ほとんどそれだけが女子と俺をつなぐ方法だった。それが俺の役割でもあった。その方法以外にコミュニケーションを取ることが苦手だった。苦手というよりも分からなかった。学校や仕事という枠に収まっているときは、自分の置かれた立場に応じて、あるいは自分に役割を課すことで、こちらから話かけることも容易にできて、女の人とも流暢にコミュニケーションを取ることができた。しかし、その枠から外れたとき、つまり『素』の自分になったとき、女の人と2人きりになった状況で、自分がどう振る舞えばいいのか、自分の役割は何なのか分からなくなる。そもそも人と関わることにおいて、俺に『素』なんてあるのかも分からない。人と関わるとき、いつも俺の頭の中にあるのは―― 迷惑をかけたくない。
こんな俺を好きになってくれた彼女のことを、俺を彼氏に選んでくれた彼女のことを、俺は大切に想う。だからこそ―― 迷惑をかけたくない。
“迷惑をかけたくない”
会いたくても会いたいと言えない、さみしくてもさみしいと言えない、家に来てほしくても来てほしいと言えない、ご飯やデートに誘うことも、無言を切り裂いてまで自ら話をすることさえも俺は苦手だ。それでも苦手なりに、そういった苦手なそぶりを極力表に出さないよう心がけた。――迷惑をかけたくないから。
“迷惑をかけたくない”
人に心配させること、人に甘えること、人に何かをお願いすること、人に頼ること、人の手を煩わせること、そういったことを「迷惑をかけてしまう」と、俺は思う。
そんな俺が、彼女に対して自分に課す役割は『相手に合わせる』ということ。相手のすべてを受け止める。その姿勢はやがて、彼女にとっての深い愛情となったことで、そんな俺に依存する彼女も多かった。
迷惑をかけないために、自分に課した『相手に合わせる』という役割は、時に俺を疲弊させ、時に俺を苦しめた。ほとんどの恋愛が、それが原因でこじれた気がする。
相手に合わせた果てに―― 他の人を好きになられた恋愛もあった。「ひとりでも平気そう」「彼女必要なの?」そう言われる恋愛もあった。苦しくなって好きかどうか分からなくなり自ら終わらせてしまった恋愛もあった。相手のすべてを受け止め甘えさせすぎてしまったばっかりに頼ることしかできなくなり、離そうとすれば、その度に自傷行為を繰り返すようになった恋愛もあった。
俺と付き合わなければ――。
“迷惑をかけたくない”
そこには悲しませたくない、傷つけたくないという想いも含まれる。それがいちばん強いかもしれない。
幼少期に、母が泣き崩れ悲しみに暮れる姿を見たことがあった――。
特に小学校低学年の頃、人を傷つける側のクソガキだった俺。そんな俺に嫌な思いをした人や傷つけられた人は何人もいたのかもしれない――。
歳を重ねるにつれ、様々な人たちの心の内を想像するようになった。時には関わりの有無を問わず想像することもある。それに、俺には虐げられた思い出、嫌われた思い出もある。
彼女と別れたとき、彼女が悲しんだり、泣いたりすると、あるいはそれが想像できてしまうと、俺はその人を差し置いて幸せになっちゃいけないんじゃないかなって思う。
基本的に連絡先も含めて元カノの痕跡を完全に抹消する俺は、人づてに耳にする以外はその後どうなっているかを知らない。元カノたちが幸せな人生を歩んでいることを祈ってる。そして――ごめん。
俺と付き合わなければ――。
いかなる理由でも彼女と別れたときに必ず訪れる悲しみや喪失感。そして――罪悪感。いつも俺の心を蝕むのは罪悪感。次第に悲しみや喪失感は薄れゆき思い出として保存される程度。それでも、いつまでもくっきり残る――罪悪感。付き合った期間が長ければ長いほど罪悪感も大きくなる。
俺と付き合わなければ――。
俺と付き合わなければ、他のことに費やせた時間を奪ってしまったこと。
俺と付き合わなければ、他の人と出会えた可能性を奪ってしまったこと。
俺と付き合わなければ、味わうことのなかった悲しみや傷を残したこと。
俺と付き合わなければ、抱くことのなかった自己嫌悪や罪悪感を彼女に負わせてしまったこと。
俺と付き合ったことで、彼女の今後の恋愛がこじれてしまわないかという不安。
迷惑をかけたくなかったばすなのに、迷惑をかけてしまった。
――俺と付き合わなければ、そうはならなかった。
俺の大切の仕方は間違っているのかもしれない、そう思う。
楽しいこと、嬉しいこと、彼女の愛を感じること、彼女の優しさに溺れそうになったこと、そんな想い出もあるが、恋愛は結果論。どんな経過でも“結果”が“別れる”なら同じだ。俺には罪悪感が残る。
それでもまた縁があって付き合うことがある。付き合った当初は前向きな気持ちもあるが、次第に“きっとまた悲しませる”という怖さと“迷惑をかけたくない”が込み上げてきて、短期間のうちに身勝手に別れを告げたこともあった。――きっと俺じゃないほうがいい……。
俺の過去や心情をいちいち彼女に言ったりはしない。言ってみた恋愛もあったが、それもうまくいかなかった。思い切って自分の言いたいことを言ってみた恋愛もあったが、それもうまくいかなかった。
――そんなことを言う俺は俺じゃない。
そういう話をしたときは葛藤の末だった。話をしたあとも葛藤は消えず、さらに「申し訳ない」という後悔の念が込み上げた。――そんなことを言う俺は俺じゃない。
俺は、自分がどうしたいのか、どうなりたいのか、そもそも自分がなんなのか分からなくなる。
――迷惑をかけなければそれでいい
今ではもう、ひとりの寂しさよりも人を悲しませることの怖さのほうが圧倒的に強い。ひとりがラクだ。もはや求めてもいない。非婚化が進む現代において俺もそれに属することになりそうだなぁ。べつにそれでいい。そんな時代でよかったと安堵する自分もいる。
抜け殻になった俺の恋愛感情は、もはや再び潤うことはないまま干からびていくだけ。
“人に迷惑をかけない”
そんな俺と
元カノ・Kちゃんとのお話――。
《つづく》
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