34.初恋④ 完 未解決の謎
[前話:33.初恋③ 恋の定義]
(初恋①〜③を併せてお読みください)
高校でも、僕は明るく陽気なキャラでした。
「お前って悩みとかなさそうやな」
そのように言われるほど明るく陽気な自分が定着し、それを自分の役割と課していました。明るい自分ではあったものの、中学の頃と比べるといじりそのものは減少しました。いじられるよりは、自らおかしな言動をしたり、テレビで見たギャグをマネしたり、自分で考えたギャグを披露したり、そんな振る舞いに対して周りの人たちは、いじる、ツッコむ、あしらう、笑う、そういったことが主でした。中学よりも生徒数が増えたこと、僕よりも遥かにいじられキャラとして際立つ人がいたこと、中学の頃よりも場の空気や状況に応じて振る舞うようになったためONとOFFがハッキリしていたことなどが、いじりが減少した要因であったと振り返ります。ONとOFF、そのギャップは見方を変えると、いじりにくい、扱い方が分からない、そのように感じる人もいたのかもしれません。現に「よく分からん」「独特よね」そういった声を耳にすることもありました。
いじりが減少、特に女子からいじられるということは中学の頃に比べると、めっきり少なくなりました。極小数である同じ中学出身の女子たちはさほど変わりありませんでしたが、高校で新たに出会った大多数の女子たちは、僕をいじるということはほぼ皆無でした。
それまで女子との関係性構築の術は、「いじる」「いじられる」ほとんどそれだけでした。それがなくなるということ、それはつまり、女子との絡みがなくなるということ。『いじり減少現象』その影響は如実に現れ、高校3年間で女子と喋ることや戯れるなんてことはほとんどなく、男どもと青春を謳歌する、そんな高校生活でした。
中学の頃と同様に「恋愛をする自分」が想像できないままで、「そんな自分は自分らしくない」「自分の役割・キャラとはかけ離れている」「いま以上のものはいらない」そんな「自分」は変わらないままでした。ありがたいことに、そんな僕にも彼女ができるチャンスは少なからずありました。それでも、すべて棒に振ってきました。恋愛なんてものは捨てていました。いや、捨てていたというよりは――。
僕にとっての
『恋の定義』
『恋愛感情の指標』
――Dちゃん。
違う高校に進学することを認識した中学3年の僕は、Dちゃんをあきらめました。あきめましたあきらめましたあきらめました……。
中学の頃に比べると薄れてはいたものの、それでも気になるレベルで僕の脳内で眠っていました。これがもしワインであれば熟成され、香りも味わいも深みも増してより良いものになるのでしょうが、恋はどうなのですか? 恋とチーズは合うのですか?
中学を卒業するときのDちゃんからの寄せ書き
『高校でもおもろいままでおってね』
正直なところ、当時Dちゃんの言葉を意識していたわけではありませんでした。明るく陽気に振る舞うことは、あくまでそれが「自分」だったからです。そこには、笑いやおもしろさを求めていたのも事実で、結果的にDちゃんの言葉どおりになりました。僕よりおもしろい人、目立つ人もたくさんいましたが、おもしろかったかどうかはさておき、僕もそういう立場であり、少なくともその心意気は持っていました。
今となっては、Dちゃんの言葉を胸に秘めて貫いた、ということで美談にもできますなぁ。これからは美談として語りましょうかな。完全に後付けですが。
そんなDちゃんは、僕の電話帳に存在しませんでした。
中学の同級生、男子、女子、何人もの名前があるにもかかわらず、Dちゃんの名前はありません。連絡先を入手することなんて容易くできたはず、それでもそうはしませんでした。なぜかというと、こわかったからです――好意を抱いていることに気づかれることが、好意に気づかれて遠ざけられることが、これまでの関係が崩れてしまうことが。そのように思ってしまうのはなぜでしょうか。恋とはそういうものでしょうか。恋って複雑ですね。まぁ、僕自身が複雑化させてしまっているのでしょうけど……。
小学生のとき、女子たちに嫌われ、虐げられた経験を乗り越えた僕にとって、Dちゃんだけに限らず女子たちの繋がりは特別なもので、みんな大切な友達です。友達ではなくても大切なクラスメイト、大切な思い出、大切な繋がりです。それが壊れてしまうことがこわかったのです。それ以上のものは求めていません。なので、わざわざDちゃんの連絡先を教えてもらうようなこと僕にはできませんでした。
それに、中学卒業以降Dちゃんとはさっぱり会う機会がありませんでした。違う高校の同級生と街で遭遇することや、地元のお祭りや行事などで遭遇することは多々ありました。しかし、唯一と言っていいほどDちゃんに会うことはありませんでした。もし偶然にでも直接会う機会があったならば、
「おぉ、久しぶり!」
「元気してんの?」
「みんなも元気?」
なんていう日常会話から始まり、
「あ、そうや、メルアド教えてや」
なんていう自然な流れで連絡先を交換することもできたでしょうに……。神様のイタズラでしょうか。もしも本当に神様のイタズラならば、僕も神様にイタズラ仕返します。例えば……そうですね……礼も手を合わすこともせず、賽銭も入れずに、鈴だけ鳴らして逃げてやります。いわゆる神様へのピンポンダッシュ。「あれ、誰もいない……」出てきたところをラリアット、言わせてみせます「オーマイゴッッッド!」。
とにかく、Dちゃんとはまったく遭遇することもなく連絡先も知らない状態でした。
仲が良かった同じ中学の男友達と会う度に、「Dちゃん元気かな?」「Dちゃんどんな感じなん?」「あ〜〜Dちゃん」自らDちゃんの話題をよく口に出していました。それほどまでに気になっていた、というよりは、もはや毎度おなじみのネタのような、口ぐせのような、話題に困ったときはとりあえずその話題を、というような感じでした。
そんなふうに――1年――2年――
ただただ時は流れ――
――そして、高校3年の夏
ついに、Dちゃんとの再会を果たします!!
地元の夏祭り、最初だけ中学の同級生で集まろうと企画した人物がいました。僕も参加することにしましたが、他に誰が来るのかは当日まで知りませんでした。Dちゃん来るんじゃないかな15%、Dちゃん来ないだろうな85%――。
当日。待ち合わせ場所に赴くと中学の同級生10名弱が集まっていました。
「!!」
――Dちゃん!!
そこにはDちゃんの姿がありました。Dちゃんを肉眼で目にしたのは中学卒業以来、およそ2年半ぶりのことでした。
――おぉ……。
久しぶりに見るDちゃんの姿に、変わらないDちゃんの姿に、心の中で感嘆の声が漏れました。あの頃より、少し落ち着いた雰囲気になったようにも感じました。跳び蹴りをするなんて微塵にも思いません。久しぶりの再会、嬉しいというか、なんというか、「むはぁぁぁぁぁ」というような心情でした。熟成されたDちゃんへの恋愛感情は、以前とはまた違う風味を漂わせ、味わい深いものになっていました。チーズに合いそうな気がします。
Dちゃんを交えた集団で行動を共にしたのは30分ほど、変に意識してしまった僕は、会話はおろか、まともに直視することもできず、何もできないまま、お別れとなりました。それでも、久しぶりに会えたことだけで十分満足……。フィナーレの打ち上げ花火が僕の心と同化していました。
帰宅後、1通のメール――
《Dちゃんのメルアド聞いてあげようか?》
Dちゃんへの想いを知る男友達からでした。
迷いました――もう今さら――でも――友人の計らい――今しか――そのチャンスはないかもしれない――でも――。
《お願いします!!》
そして、送られてきたDちゃんのメルアド。
《久しぶり! メルアド教えてもろたわ! 元気してた?》
《じいさん久しぶり! 元気よ》
中学2年のときから想いを寄せていたDちゃんが、僕の電話帳に存在しています。さらに、Dちゃんとのメールのやりとりが始まりました。分かりますか? この気持ち!!!!
そのまま有頂天になりたいところでしたが、どうしても確認しなければならないことがありました。それが迷いの種でもありました。当時は高校3年の夏、我々にとって人生の大きな分岐点のひとつ「進路」です。僕は大阪にある専門学校へ進学することで大方固まっていました。地元の四国を離れ、大阪で暮らすことになります。Dちゃんの進路はいかに――。
《県内の大学受験するよ!》
大学受験……県内……
薄々感じていました。Dちゃんとのメールのやりとり、Dちゃんからの返信の頻度は1〜2日に1通、3〜4日返信がないこともありました。そもそものDちゃんの性格を考えれば違和感はないようにも思えました。しかし、大学を受験すると聞いたとき「あーなるほどな」と腑に落ちた部分があります。おそらく中学のときと一緒です。高校受験に向けて突然変異をしたDちゃんの姿が僕の脳裏に刻まれています――。そのときの心情も――。結論も――。
――今回も同じだ……進路も違う……行く先も違う……。Dちゃんは俺のことなんて眼中にないだろう……。勉強の邪魔をしてはいけない……。
――あきらめよう。
僕はDちゃんをあきらめました。この感覚も、結論も、あのときと同じです。それでも大きく違う点がありました。なぜか、このときは完全に吹っ切れることができたのです。Dちゃんとのメールのやりとりも終わりました。結局メールをしていた期間は1〜2週間のことでした。
中学2年のときから想いを寄せていたDちゃん、こうして4年に及んだ僕の初恋は自ら終止符を打つことで終わりを告げました。不思議と悔いも未練もありませんでした。それはきっと、僕が少し大人になったからなのかなぁ。それが良いことなのかは分かりません。恋とはそういうものでしょうか?
中学時代には、両想いと思わされるエピソードもあったDちゃん
もしも、告白していたら……
初恋よ、さようなら――。
* * *
――晩冬の候
僕に彼女ができました。人生初の彼女です。もちろん炎は燃えたぎっていました。
彼女ができた僕は、一躍時の人となりました。
「えーー!まじか!!」「おめでとう!!」「ついに彼女かぁ」「彼女ができてくれて嬉しいわ」「◯◯ちゃーーん」「変なことするなよ」「先輩、女子と喋れるんですか?笑」
祝福してくれる友達、冷やかしてくる友達、自分のことのように喜んでくれる友達、彼女と一緒にいるところをニヤニヤ見てくる友達、みんなの反応にタジタジするしかありませんでした。後輩までいじってきました。こんな「自分」は初めてでした。
僕に彼女ができたというゴシップは他校の友達にもたちまち広がり、「彼女できたん!?」とメールが届いたり、「あいつに彼女ができたらしいぞ」「あいつに彼女ができたんか、あのハナタレ小僧が」なんていう輩もいたと、人づてに聞きました。みんな僕のことを舐めくさってました(笑)
僕に彼女ができた。それは、Dちゃんを完全に吹っ切ることができたからこそです。そして、Dちゃんへの想いと完全なる決別を意味するのでした。彼女へ抱いた感情と感覚は、Dちゃんに抱いていた特別なそれと同程度、またはそれ以上であったのは確かです。しかしそれは、それまで脳内に居座っていたDちゃんがいなくなることで出来上がった「空虚なスペース」に舞い降りてきたのでした。この「空虚なスペース」は、この先も恋愛を繰り返す度に出来上がり、そこに何が居座るかによって大きく変わってくるのでしょう。
最後にDちゃんに会ったのは成人式のときでした。かつてのような特別な感情を抱くことはありませんでした。それでもDちゃんに恋をしたこと、その思い出は一生忘れることはないでしょう。
恋とは
初恋とは
そういうものですよね?
* * *
成人式以降、Dちゃんに会ったことはありません。中学時代の同級生たちには、当時知らなかった人も含めて、Dちゃんが好きだったことを思い出話として語ることもあります。「えっ、そうやったんや!」知らなかった人たちは、驚いていました。
今なら、あの頃告白していたらどうなっていたのか、直接本人に聞くことも僕はできるでしょう。いつか本人に会えたとき聞いてみたいなぁ、と思う今日この頃。
そして、もうひとつ本人に聞いてみたいことがあるんです。それが最大の疑問、『未解決の謎』なのです。
いつか本人に会う機会があったら答え合わせをしたい。お読み頂いた方々、特に女性陣の意見をぜひ聞かせてください!!!!
メールをしていたときのことです。
《10月16日(仮)に専門学校の入試がある》
と、僕はDちゃんにメールを送っていました。それから間もなく、メールを一切しなくなり1ヶ月ほどが経過しました。そして、入試当日です。驚くことが起きました。突然1通のメールが届いたんです。
《じいさん、入試がんばって⭐︎⭐︎》
Dちゃんからです。それまで見たことのなかった、キラキラした絵文字まで付いていました。
――えっ、うそ……。
もちろん嬉しかったですが、とても驚きました。
《ありがとう! がんばるわ!》
お礼の返信をしたのち、再びメールはなくなりました。これが最後のやりとりです。
1ヶ月メールをしていなかったのに、入試当日にメールが届いたんです。ということは、
・試験の日を覚えていた
・試験の日をメモしていた
・メールを見返していた
・ただの気まぐれ
どれかに当てはまると思うんです。ふと思い出しただけの気まぐれである可能性も十分にあり得ます。しかし、いずれにせよ、僕のことが頭にあったってことですよね? 受験勉強で忙しい日々を送っていたそんなときにも、僕のことが頭にあったってことですよね? どうなんですか? ねぇ? ねぇええ?
これって……
脈アリだったんですかね?
誰か教えてくれーーーーーーーー!!
初恋 《完》