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闇落ち

早朝。静寂がまだ街を包み込んでいる中、ダニエルの携帯電話がけたたましく鳴り響いた。時計を見ると午前5時を少し過ぎたところだった。
「誰だろう?」
ダニエルは眉をひそめながら画面を見つめた。そこには"ポッケ"という名前が表示されていた。大学時代の友人、ポッケからの電話だった。

ポッケとは大学を卒業してからあまり連絡を取っていなかった。最後に連絡を取ったのは社会人になってから2,3年くらいの頃だっただろうか。普段連絡をしてこない友人・知人からの電話は、マルチの勧誘や宗教の勧誘と相場は決まっている。ダニエルは深いため息をついてから受話器を取った。
「おい、こんな朝早くにどうしたんだ?」
受話器の向こうから聞こえてきたのは、かすれた声だった。
「ダニエル、助けてくれ...」
暗いトーンで話すポッケの言葉に、ダニエルは不安を感じた。彼は普段は冷静で落ち着いている人間であったため、医療関係の仕事が適切ということからそういう仕事をしていたはずだ。しかし、今の彼の声は冷静さを失っており、まるで絶望の淵に立たされているようだった。
「何があったんだ、ポッケ?どこにいる?」
ポッケはしばらく沈黙した後、重い口を開いた。
「アサミのことを覚えているか?」
ダニエルの胸がぎゅっと締め付けられるような感覚が走った。アサミはポッケの友人であり、ある事件をきっかけに二人は疎遠になっていた。その事件は、ポッケの心に深い傷を残し、彼の人生を狂わせた原因でもあった。ダニエルはアサミとも面識があった。彼はダニエルとポッケと同じ大学の人間だったのだ。アサミはある投資話を持ち掛け、ポッケの財産を食いつぶした男と聞いている。そしてアサミは行方をくらましたとも。
「覚えているよ。何があったんだ?」
ポッケの声はさらに暗くなった。
「アサミが戻ってきた。俺の...命を狙っているんだ。」
ダニエルは思わず立ち上がった。
「なんだって?それは本当か?」
「本当だ。アサミは今、俺のところに向かっている。俺を追い詰めるために。」
ダニエルは深呼吸をして、冷静さを取り戻そうとした。
「大丈夫だ、ポッケ。すぐにそっちに行く。どこにいる?」
ポッケは住所を教え、電話を切った。ダニエルは急いで準備をし、指定された場所へ向かった。
ポッケのアパートに着くと、ドアがわずかに開いていた。ダニエルは心臓が高鳴るのを感じながら家の中に入った。部屋は薄暗く、静まり返っていた。「ポッケ?」
ダニエルは呼びかけながら部屋を進んだ。そして、リビングルームで彼を見つけた。ポッケはソファに座り、手には何かを握っていた。
「ダニエル...遅かったな。」
ダニエルはポッケの手を見ると、それが銃であることに気づいた。
「ポッケ、何をする気だ!?」
ポッケはフン…と鼻で笑った。
「もう終わりだ。アサミが俺を見つける前に、自分で終わらせるしかない。」
ダニエルは近づこうとしたが、ポッケは銃を自分の頭に向けた。
「近づくな、ダニエル。これ以上巻き込みたくないんだ。」
自分で連絡をよこしてきておいて何を言っているんだ。そういう感情を抑え込んだ。ポッケは精神的に病んでいるのだろう。
「ポッケ、やめてくれ!」
ダニエルは叫んだが、その瞬間、銃声が響いた。ダニエルの声はポッケに届くことはなかった。ポッケの体がソファに崩れ落ち、ダニエルは呆然と立ち尽くした。目の前の光景が現実とは思えなかった。そのとき、ダニエルの背後から静かな足音が聞こえた。振り返ると、そこにはアサミが立っていた。彼の目には冷酷な光が宿っていた。
「ふっ…。自分から逝ったか。」
アサミの声は冷ややかだった。
「ポッケがこの世を去るのは時間の問題だった。」
ダニエルは拳を握りしめた。
「どうしてこんなことを…追いつめるようなことをするんだ!アサミ!」
「ダニエル。君はポッケからどう聞いている?俺に裏切られたと聞いているんじゃないか?だが、それは違う。確かに俺はポッケに投資話を持ち掛けたが、ヤツは自分で実行したんだ。俺は何もしてはいない。ヤツは自ら財産を溶かしたんだ。投資は自己責任。そうだろう?現にお前は断ったじゃないか。」
ダニエルは何も言えなかった。アサミの言うことも一理ある。
「だけど、そんな…」
アサミはにやりと微笑んだ。
「ポッケは破滅型の人間だった。あいつが自分で自分の首を絞めて苦しんでいる様子は面白かった。」
ダニエルは怒りと悲しみで胸が張り裂けそうになった。
「お前は狂ってる...」
アサミは肩をすくめた。
「それがどうした?じゃあな。」
その言葉を残して、アサミは静かに部屋を去った。ダニエルは膝をつき、ポッケの冷たくなった手を握りしめた。涙が止まらなかった。
パトカーの音が聞こえてきた。ダニエルはポッケを救えなかったという後悔と、自分の無力さに打ちのめされながら、ポッケの家を後にした。
そこから彼は、平穏を取り戻すことはなかった。ダニエルの心には深い傷が刻まれ、彼の人生は永遠に変わってしまった。

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