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DeepBody:新規論文から考える④ 神経堤細胞の神秘-第4胚葉:全身に広がり分化する細胞群の再認識

(紹介論文)
Riding the crest to get a head: Neural crest evolution in vertebrates.

(頭を得るために頂上(クレスト)に乗る:脊椎動物における神経堤細胞進化)
Nat Rev Neurosci. 2021 Oct; 22(10): 616–626. doi: 10.1038/s41583-021-00503-2

「知覚とは何か?」という疑問から、感覚神経、DRG(dorsal root ganglia; 後根神経節)とたどり、神経堤細胞neural crest cell; NC細胞、crestとは頂点、鶏冠等の意味)に辿り着いた。
今回紹介する総説は、そのNC細胞の最新の総説である。

医学の知見の波及は、広い医学の領域で、当然時間的遅れはある。学生として解剖学を学んだのはもう50年以上前になる。この神経堤細胞の意義は、約40年前1983年にGans C、Northcut RGなどにより提唱された(Science 220, 268-274, 1983、DOI: 10.1126/science.220.4594.268)。医学部卒後10年の頃で、米国留学を考えていた頃だ。それから数十年も経た今頃になり、その意味の深さを理解し始めている。
 
脊椎動物の祖型はホヤ、さらには棘皮動物ウニなど、この総説のFig.3(後述)にあるように、捕食動物ではなかった。それが強力な捕食動物として地球に君臨するようになったのは、まさに頭部に頭蓋骨という情報収集・統合・運動機能の脳と捕らえた獲物を破壊する顎と歯を進化で入手したからである。
 
この神経堤細胞の起原は、神経板(neural plate)の端の細胞群で、ヒトの場合受精3週前後に、高い移動能力と分化・再生能力を持った細胞群が体軸方向から全身の末梢組織へ分散・分化してゆく(エピソードEX-2、リンク:図3参照)。そしてそれが脊椎動物の特性を形成する。

医学基礎で解剖を習ったころ、リズム収縮ができる心筋はほかの横紋筋群と異なるが発生経路は?あるいは脊髄に沿って左右に並ぶ交感神経節群は、一体中枢である脳神経と系統発生的にどうつながるのか?漠然とした疑問を持っていたことを思い出す。これらがすべて、この第四胚葉ともいわれる神経堤細胞由来となることで、ようやく合点した。
 
総説のFig 2B.にはNC細胞が胚の体軸にそって四つの領域に分かれ、Cranial、Vagal(体節1~7)、Trunk(体節8~28)、Sacral(体節28以降)にわかれることが示されている。
Fig 2C.にはそれぞれの領域がさらに何に分化して行くかが示されている。これらはCranial領域(軟骨細胞、骨細胞、頭蓋感覚神経節、象牙芽細胞、メラニン色素細胞)、Vagal領域(大動脈肺中隔、腸神経節、交感神経節、メラニン色素細胞、心筋細胞、心臓神経節)、Trunk領域(副腎クロム親和性細胞、後根神経節、交感神経節、シュワン細胞、メラニン色素細胞)、Sacral領域(腸神経節、交感神経節)など、その分化の多彩さに今更ながら驚く(図1)。
 

図1.神経堤細胞の領域と分化.出典:本総説、Fig. 2. b, c.対訳は本文参照。

これを見ると、いかに肉眼的解剖知見から人体を理解するのが不十分なものか、身にしみて理解できる。一方で、全身の情報を集める知覚・自律系細胞群、また保護色的変化をもきたすメラノサイトなどがいかなる発生由来であるのも、よく理解できる。Neural crest細胞群が、発生過程を通して全身に分化展開する神秘さにひたすら驚く。
 
総説のFig 2D.はこれらNS細胞の分化における関連遺伝子発現が示してある。
しかし、これに関しては総説に引用してある別論文、NC細胞群をscRNAseq法(対象となる細胞個々の全遺伝子発現を全自動的に塩基配列決定し、コンピューターに直接データ入力し、クラスター解析等数理解析を行う技術)を用いた論文(Science 364, eaas9536, 2019、DOI: 10.1126/science.aas9536、Full access論文)が引用してある。
 
このScience論文のFig.7Aに遺伝子発現から見たNC細胞のmelanocytes、感覚細胞(神経、グリア)、自律神経系細胞(神経、グリア)、間葉系細胞等への分化の関連遺伝子が胚と共に系統図的に示してある。
Fig.7Bにはその概念的意味づけと分化系列が、さらにFig.7Cには体軸領域に沿ったCranial、Vagal、Trunk領域における主な関与遺伝子が挙げられていて、発生の時間・空間的理解が可能となる(タイトル図参照)。

実際にNHK番組、ヒューマニエンスで紹介された日本の研究者らの図は、これら神経堤細胞の分化で発現するSox 10遺伝子を緑色蛍光で染めて、マウスの全身にいかに広がっているかを見ると、「百聞は一見にしかず」である。
(Molecular Brain, 3- 31 (2010)、Open access、doi: 10.1186/1756-6606-3-31
 
もう一つの課題、総説著者らがFig3.に取り上げている、脊椎動物進化系統における神経堤細胞群の変化である(図2)。これらは追って各動物種におけるNC細胞分化として、scRNAseq遺伝子発現解析がなされていくことになるだろう。
例えばメラノサイト等は非脊椎動物系でも多彩であり、種を超えて動物進化における機能細胞群が、ゲノム、発現遺伝子群、分化・進化の広範な領域で、近い将来解明されるだろうことが予想される。
 

図2.出典:本総説Fig.3、後口動物を通しての神経堤細胞の特徴と進化


約40年前、脊椎動物頭蓋骨発生へのアイデアに始まる研究が、遺伝子、さらにはscRNAseqなどの21世紀研究技術により更に深まり、全身体の環境情報を中枢系につなぐ、非常にユニークな細胞群の存在が認識され、脊椎動物に共通する新たな身体論イメージがわき上がる。

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