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古代ローマ人の生き方② 解放奴隷のコンビニ経営者

古代ローマのそれぞれの階級の人々がどう思って、どう行動していたのか。
史実を元に、現代の用語に合わせた大河エッセイです。

西暦100年前後の帝政ローマに生きた人々。
様々な立場や境遇、考え方から見た古代ローマを覗いてみてください。

西暦1世紀前後・ローマ市 解放奴隷男性

俺の朝は早い。
朝日が昇ってすぐに店の準備をする。

店の切り盛りをかれこれもう8年近く続けているから、準備も手慣れたもので半分寝ていてもできる。
何なら、本当に寝ていて気が付いたらすでに開店準備ができていた。なんてこともあったほどだ。

この店は俺の家だ。俺は安アパートの最低級の部屋を借りているが、帰ることはなく実際はずっと店で寝泊まりしている。俺はこの店とまさに一心同体だ。

マンション1階は商業施設

ここはインスラ(集合住宅)1階の小間物屋である。だからある意味では俺はインスラ1階の住人。まさに平民が手出しできない神々の領域に住んでいる。とも言えなくもない。

ローマの住宅街(インスラ街)では階層が上ほど貧乏の象徴で、所得が高いほど下の階に住む。だが通りの1階の多くが事務所や店舗なので、どんなにカネがあっても平民程度の稼ぎじゃ通りの1階に住むことはできない。

ここは大通りから1つ道を入った中程度の通り沿いの店舗で、奴隷市も近いから客入りもまあまあある。

俺はその立地から、奴隷を購入したものの、使い方が分からないという人向けに、アドバイスしつつ新生活に必要な道具を売ったりする。

元奴隷の店舗経営者

そんな俺も元は奴隷だ。
10代で征服地の奴隷として戦利品になり、そのまま売りに出されたが、見た目から勝手に学があると思われたか年齢の割に価格がとても高く、結果的にとても良い主人に出会えて教育も受けさせてもらい事業を任せて貰えた。

任せられた事業の中で、副業として資金を貯めて主人と相談し、事業の展望を語ったら解放してもらえて、今は主人がパトロヌス(パトロン)となって俺はいわば子会社として引き続きこの小間物屋の切り盛りをしている。

主人はこうやって他にもいくつかの店舗を解放奴隷に任せて、チェーン展開している。

奴隷解放をするとローマでは褒めたたえられて立場のある男性なら栄誉を得られる。

それだけでなく、責任などを解放奴隷に押し付けることもできる。解放されたと言っても結局、自分で店舗や工場を持っているわけじゃないから、生活するには引き続き主人の事業を借りて生活し、稼ぎに応じたロイヤルティを納めねばならない。

奴隷を辞めて独立する覚悟はあるか


とはいえ、待遇は独立する前よりずっとよい。自慢ではないが俺は器量がいいほうだと思っている。器量が悪いと独立しても失敗して、人生を終わらせてしまう人も少なくない。だから俺も奴隷を辞める際には、本当に辞めていいか主人と顔を突き合わせて長い時間思慮した。

結果的に、奴隷から独立して俺はまあ成功していると言えるくらいの稼ぎを得ている。

俺くらい稼げるようになったら、住居を良いところに移したりする人もいるが、俺はこの店での寝泊まり生活に慣れているし、気に入っている。

店舗自体は主人の所有物かもしれないが、この店で儲けた分、自分の所得が上がるし、俺はこの店は俺のものだと思って自主的に動いているからか、仕事も苦ではないのだ。

したたかに生きる

立地から奴隷商人や、夜の店の店主らとも顔なじみになっている。
彼らは世間では守銭奴と言われているが、少なくとも俺と話す時は他の人とそんな変わらない。むろん悪い奴もいるが、良い奴もいる。

一部の夜の店の経営者からは、客を紹介する代わりに紹介料をキックバックしてもらっていたりするから、お互いに悪くなれないというのもあるかもしれない。

このことは以前、一応主人にも話したが、主人は「店の稼ぎの帳尻が合わない。これは余分な、私には見えないお金だ」と言い、つまり暗に副収入を得ることを見て見ぬふりをしてくれていた。それで俺は奴隷でありながら金銭を稼ぐことができた。それも割と多く。

おそらく、主人本人がキックバックのカネを受け取るわけにも行かないが、返すのもなんだと思い、俺に託したのだろう。確かに夜の店のオーナーたちと事業主が繋がるのは、何かと面倒があるとは聞く。

主人の年齢は確か45歳近くだったと思う。
ローマの平均年齢は25歳と言われているが、実態としては40歳以上も多い。乳幼児の死亡が多すぎて平均が低く見えるだけだ。

とはいえ、45歳はこのローマの中では結構な高齢だ。ライバルの事業者が死去する中、最後まで立っていた者が勝つ。という典型例がうちの主人だと思う。

世襲か、才覚か

ただ、主人は特に大きな事業家の生まれでもなかったし、古い有力者家系でもないいわばエクイテス(新興成金)家系だ。親から財産を継承しはしたが、今に至るまでに様々な事業を行い、大きくなって多くのクリエンテス(子会社・子弟)を抱えている。

むやみに歳を重ねたわけじゃなく、したたかであったことも、きっと成功の要因なのだろう。

俺のような解放奴隷は市民の権利はあるが、市民として認められるわけではなくあくまで解放奴隷だ。特に古い家系からは見下されることもある。

元奴隷というのは男も女も夜の道具にされている中古品だ、という見方をされる。

でも主人は夜の話し相手になれとは言ったことはあるが、夜のお供をさせたことはなかった。

それでもやっぱり世間的には奴隷は夜の相手もセットなところがあるから、そういった目に晒されることは仕方ないかもしれない。

俺も、主人のようにしたたかに、そして学を持ってこのローマで生き抜き、世間の評判をはねのけるような事業家になって、俺の子孫は多数のクリエンテスを従える大人物になっていればいいな、なんて考えている。

さて、今日最初の客が来た。この客が何を欲しがっているのか、手に取るようによくわかる。俺なら必ず売れるだろう。


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