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娘におじいちゃんは一人しかいないのだけど

「来年の研修旅行、おじちゃんの家の近くだから会いに行ってこようかな」

中3の娘がそんなことを言いだした。


おじちゃんというのは、娘が7歳の夏、民泊させていただいたお宅のご主人。当時、私は田舎暮らしがしたくて自治体主催の移住体験会によく参加していた。

おじちゃんは長年、大きなメーカーの工場に勤めていて、定年後に同郷のおばちゃんと二人で故郷に戻って3年目とおっしゃっていた。平安時代から続くという美しい棚田で、地域の方々と田んぼ仕事をしていた。

「ハナちゃんの会社のそばにうちの本社があるから、出張で何回か行ったことあるんよ。高いビルばかりで、キョロキョロお上りさん丸出しだったわ」と方言交じりの標準語で話しながら、ニコニコしていた。

おじちゃんの生家だというお住まいは、古くて立派な日本家屋。ピカピカに磨かれた廊下にはチリ一つ落ちていなかった。庭には幼馴染や同級生と酒盛りするために、退職金で作ったという掘りごたつの離れがあった。

おばちゃんは仲良しさんと3人で週に3回、地元の食材でランチだけの農家レストランをやっていて、NHKにも特集されていた。夫婦仲が良くて、健康で、お金にも困っていなくて、生きがいもあって。たまに市役所から頼まれると、都会の中高生や移住希望者に民泊として空き部屋を提供する。定年退職後の理想的な暮らしの一つだな、と。

ガキ大将だったというおじちゃんは、「はぁちゃん、こっち来てみぃ」「はぁちゃん、ほら魚がおるぞ」と娘を子分のように従えて、2泊3日の滞在中、ずっと田んぼや小川で遊んでくれた。人見知りの娘がびっくりするほど懐いて、一人でおじちゃんの後をテッテケテッテケついていく。

美女と野獣、或いは寅さんとマドンナのようなお二人だった。「こんな美人さん捕まえるなんてすごいね」と言ったら「おうよ、おじちゃん猛アタックで頑張ったからな」と得意げ。「おばちゃんも幸せね」とほほ笑んだら、こちらは「うーん」と。すかさずおじちゃんが「おめぇ孫が7人もおって、幸せじゃないわけなかろうが」と抗議した。あぁ結婚っていいなぁとくらくらした。

お別れの朝、娘があまりにも泣いたので、市役所の人を驚かせてしまった。おじちゃんも目を真っ赤にして鼻をグスグスやっていた。今みると、写真の中の二人はどちらも目が腫れぼったい。


なんせ人見知りで、コンビニに行くのも嫌がるような子なので、学校の研修旅行の自由時間におじちゃんを訪ねようかなというのには正直、驚いた。

たった数日のお付き合い。ご自身は7人もお孫さんがいて、子どもなんて珍しくもないだろうに、10年近くたっても会いに行きたいと思わせるほど娘を可愛がってくださったことに、改めて感謝せずにはいられない。




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