夢を叶えた五人のサムライ成功小説【フライパンズ編】5
この作品は過去に書き上げた長編自己啓発成功ギャグ小説です。
一時間ばかり経過し、皆が酔い店主まで酔い、今ではグラスや焼き鳥の空中浮遊を見ても誰も驚かなくなった。
そんな時だった。
がらがらと入り口の扉が開いた。
暖簾をくぐる黒一色のスーツに身を纏うひとりの長身のイケメン男が、長い黒髪をたなびかせて店内に入ってきた。
時間が停止したかのようにピタリとすべて止まっているようだ。
やがて、ざわめきだす客の群れ。
それらをよそに男はさりげなく、茂太たちの座るテーブルの隣の座席に腰を下ろした。
男は長い溜め息をつき、そっとすぐさま席を立った。
そして茂太の横に座り、軽く会釈をして挨拶を始めた。
『初めまして、私はサマンサ・柴田と申します。夢を叶える男です』
弘樹と茂太は呆然としているが、たっくんだけは柴田など存在しないように、焼き鳥をバカ食いしていた。
誰だ、こいつは!失礼な!と云わんばかりに、弘樹はカッとなって柴田を睨んだ。
『あの~突然、何ですか?こう見えても僕たちは夢を叶えてます。お笑い芸人をしてます。フライパンズって名前、一度くらいは聞いたことありませんか?』
柴田は即座に答えた。
『知ってはおります。しかし、あなたたちはレッツ!美銀でグランプリを取ることが夢のはずではありませんか?』
弘樹と茂太は心を見透かされ、青ざめた表情で柴田を眺めた。
嫉妬したたっくんが躍起になって二人に言った。
『ちょ、ちょっと待ってよ。待って、あなたたち。私を見ても青ざめなかったわよ。私は怖くなかったわけ?』
『それからさ、柴田さん。あなた、何様よ。いきなり失礼ね、プンプン』
柴田はたっくんを見て言った。
『あなたは何故、本来の世界に戻らないんだ』
弘樹と茂太は驚いて、今度は柴田を眺めた。
どうやらオカマの霊が柴田にも見えるらしい。
険悪なムードが一転し、二人は柴田に今の状況を淡々と説明し始めた。
たっくんは少しつまらなくなり、スッと姿を消した。
『また来るからね』
柴田はオカマの霊が立ち去るのを見届けてから、二人の顔を見て話しかけた。
『最近、ちらりほらりと解散説が囁かれてますが・・・』
柴田のストレートすぎる問い掛けに二人は困惑したが、それも束の間で弘樹と茂太は先ほど楽屋で話し合った内容の全貌を会ってまもない彼に伝えた。
もう街も深夜に差し掛かり、行き交う人も少なく、店内で見せた賑わいも今はその様子を見せない。
壁にかかった七福神の掛軸や書道画が存在を無言のまま、見せつけるようにアピールを繰り返していた。
店主のラストオーダーの呼び掛けに会釈し、もういいですよと手で合図を送った。
柴田は天井を眺め、深く溜め息をついた。
『そうか、もう君たちの漫才は拝見できなくなるのだな』
淋し気な声にふたりは少し、胸に痛みを覚えたが、凛とした姿勢できっぱりと口を揃えて答えた。
『すみません。もう解散を決意したのです』
柴田は上着の裏ポケットから葉巻を取り出してくちにくわえた。
大きなチャッカマンを弘樹に手渡し、火を点けろと言わんばかりに、葉巻を指差し点けさせた。
フーッと息を吐き、今度は茂太にポケットから取り出した名刺を渡した。
その名刺にはこう書かれていた。
エンタメ総合企画製作会社バンプー
代表 サマンサ・柴田
(その他社長業様々 趣味 人助け)
そして席を立ち上がり、名刺に記載されていた連絡先を小指で二三度、ぽんぽんと軽く叩いて、明日にでも私に連絡をくれたなら未来は輝くとだけ言い残し、柴田は店内をそっと後にした。
弘樹と茂太は再度、顔を見合わせた。
趣味の人助けの部分がかなり気にはなったが、ふたりは考えないことにした。
店主から閉店の知らせを受け、二人もまた店内を後にし、静けさと闇のとばりのなか、足早にそれぞれの家路へと急いだ。
その様子を夜空に散らばる星たちがおとなしく眺めていた。