長編恋愛小説【東京days】1
この作品も過去に書き上げた長編小説です。現在、三本の連載小説を投稿中ですが、並行して進めていきます。何卒、宜しくお願い致します。
プロローグ
『ここっていい場所でしょ』
彼女は少し微笑んで僕の顔をじっと見つめた。
『どうしてそう思うんだい?』
そう尋ねた僕に彼女は目を輝かせて近づいてきた。
『御苑の気を感じることができるから』
素足のまま、彼女はベランダへと移動した。
長い黒髪を赴くままに吹かれる風に委ねながら。
淡く澄んだ瞳を閉じているその姿は、気持ちよく森林浴を楽しんでいるようにも思えた。
彼女とは七月に出会った。
僕に一目惚れしたらしい。
知り合って一ヶ月足らずで、僕たちは同棲を始めることになる。
新宿御苑という庭園から徒歩で三分ほどの場所に建ち並ぶ高級マンションの最上階の一室で。
初秋に入る九月上旬。
まだ夏の余韻を残した季節が、本格的な秋へと移ろいを見せ始めている。
白石拓也。僕の本名でライター稼業。本業だけでは到底、生活など成り立たない。
飲食業界でアルバイトスタッフとして働いている三十代後半の男性だ。
富川奈美。彼女の本名で整体師。可愛くて頑張り屋。だけど我が儘でどこか寂し気な二十代後半の女性だ。
周囲から変わり者として有名な僕たち。そんな二人の生活が始まりだした。
どこが変わり者なのか、当の本人たちもうっすらと気づいてはいるものの理解の余地には至らない。
僕たちを知るみんなが口を揃えて言うには、基本的な考え方がすでに常識というものを逸脱しているらしい。
運命というのは不思議なものだ。
当初、僕は東京生活三年にすべてを賭けるという決意を胸に秘めて、桜の花びら舞う四月に東京行きの列車に乗り込んだ。
三年という月日の経過が、僕にもたらした答えは東京生活継続だった。
そうして本来なら存在しなかった東京生活四年目を切った年の七月に、僕は奈美と出会うことになる。
僕は東京で何度かの引っ越しをしている。
緑溢れる新宿御苑という庭園を平行に位置するオフィス街の一角に構える飲食店で、アルバイトをして一年になろうとした頃だ。