After 🌞

映画「アフターサン」

　シャーロット・ウェルズの「アフターサン」を観た。鑑賞直後のため身体が少し火照っている。そんな状態であるので、ネタバレとか何も気にせずに書く。まだ観ていないなら観た方が良い。自分の周りで流行っていたから、という理由だけで観なかったことを後悔するくらいには良い映画だ。

初見の感想

・人はどこまでいっても人でしかないな。
子供の頃はとにかく大人が大きく見えて、自分とは違う生物なのだろうとさえ考えていた。だから11才の頃の自分は大人になることなんて信じられず、このまま皮膚だけが老いていくのだろうとさえ思っていた。劇中ではカラムが「40才の自分なんて考えられない」と言っていたが、あれは彼の未熟さを表す良い言葉だったと思う。それに、人は皆未熟なまま、ただ刹那的に今を生きるしかないんだなというニヒルな希望が貰えた。

・上部を取り繕う大人の言葉は子供を疎外し、仲間はずれにしようとする。だから子供はそんな大人という存在を少し疎ましく思うし、それでいて自分の知らない世界を知っていることに憧れと嫉妬を抱く。劇中ではソフィーが男の子と親密な関係になったり、お姉さんから大人だけが着けているリストバンドを貰って調子にのったりと、大人仕草をしてみる。大人に憧れ、大人のフリをする。ただ子供は自分が子供だということも知っているのだ。だからカラムが真剣に護身術やドラッグについての「なんかカッコいい大人」ではなく「責任を背負う立場としての大人」の立場で話をしようとすると、へらへらとおどけてみせる。子供は自分が子供だということを知っているから、大人を演じるように子供らしさを演じてしまうのだろうなと思った。それに、自分もそうだった気がした。

・空と海がどうしても印象に残る。水中へはまだ潜れないし、プールも、大人と違って足がしっかり着かない。日焼け止めを塗ってもらってやっと入り、プカプカと浮かぶだけ。空に至っては年齢制限のせいで飛ぶことすら叶わない。水に頼って浮かぶ姿と、憧れつつ空を眺める姿は子供としてのソフィーと大人に憧れるソフィーを表しているように見えた。

・「同じ空を見てる」とソフィーは言うけれど、きっと空を飛び回ることに憧れるソフィーと、今にも飛び降りてしまいそうなほどに柵のギリギリで空と対面するカラムとでは、結局同じものは見れていなかったんだろうな。大人になったソフィーが、ビデオ越しに見るその電子の空がカラムと同じものだとしたら切ないなと思う。

・楽しかった思い出の記録を振り返る映像、オフレコだったけれどソフィーが覚えている記憶の映像、そして我々に向けた映画としての映像、の3種類で映画が構成されているように思う。ビデオカメラの記録とソフィーの記憶は大半が「楽しかったパパとの旅行」と言った具合だ。観ていて羨ましくなるくらいに。節々でカラムの内情を悟らせるような気配があるが、それは些細なものだ。特に怖かったのは我々に向けた映像。カラムの心象風景を映し出した映像だ。けたたましいストロボの中で佇み、黒く広い海へと歩き、全裸で咽び泣く。抽象的で解釈の余地が広く、それにこれを書いている今は鑑賞直後なのでまだ咀嚼しきれていないため言語化できていないが、ただ漠然とした不安と後悔が襲ってくるようで、観ていて恐ろしかった。

・確証が全く持てないのであくまで推測に留めるが、ストロボは映像の比喩？記録された「幸せな旅行の自分」と心象風景として映される「後悔と未熟さに耐えられない辛苦の自分」の対比？

・観ている最中は常に、急に後ろから鋭く一突きされるような気分だった。特筆するのはベランダの柵の上に立ち、大の字になっているシーンだ。これを観た瞬間、カラムはこの旅行の後、自らの手で人生を畳んだのだろうなと直感した。ふとそう思い、ただの思い過ごしであることを信じたかったが観ていくうちにだんだんとそれは確信に変わっていった。残念だが。暗い夜の海へ向かっていくシーンで特にそう思った。これまでの彼の些細な表情や言動、それと映画的なカットと構図による小さな違和感の積み重ねから、この後の彼が何を選択してしまうかが自明だったからだ。

・大人に近づけば近づくほど自身の内側の幼稚さや未熟さに焦りを覚えて、それを排斥しようとするんだと思う。だからその分未熟な己と向き合わなければならなくなる。するとどうしようもなく辛く、悲しくなったりする。きっとカラムはそれに耐えられなかったんじゃないだろうか。彼の11才の誕生日は悲惨なものだったらしい。それに結局大人になり、結婚した後、離婚している。なんだかうまく行かない人生だ。31歳の誕生日。これまで受けたことがないであろうほどの盛大な歓声を浴びつつ、衆目に晒される。「彼は素晴らしい」と連呼されるなかで喜ぶでもなく嫌がるでもなく、ただ呆然と立ち尽くしそれを眺める。その直後に咽び泣くシーン。嬉し泣きでもあり、悔しさでもある涙のような気がした。また、所々で希死念慮を匂わせていたが、その行いへの後悔などの複雑な感情もあったのだろう。今はまだ、その涙の正体を言葉で言い表わせられない。一生かもしれないが。

・自分の人生は自分の物とよく言われるが、そんなのは全くのウソで、基本的には自分の力の及ばない部分で全てが決まっているかのように生活が進んでいく。血流はYouTubeのシークバーと何ら遜色がない。そんな絶望的な自覚が私にはある。なんとなくカラムを見ていてその考えがふとよぎった。

・最後、空港でソフィーを見送った後、ビデオカメラの映像から「映画」としての映像に切り替わる。あまりにもキマった構図で、ゆっくりと扉へ向かい、そこに帰る。シンメトリーで細く長い廊下は、空港というよりも無菌室だとか、そういった極めて清潔な施設を思わせる。この幸せな旅行を最期としようとしている男の最後に見えた。