釣り人語源考 強面の魚たち
「サワラを釣りたい…」
ショアキャスティングでもオフショアでも、青物狙いで「サワラ」が釣れればとってもとっても嬉しい。
まずはその味がとてもとっても抜群に良い。
サワラは関西では超絶の高級魚である。特に岡山の市場で高値が付き、京都料理で欠かせない。
口に入れるととろけるような脂が絶品の刺身もよい。
しかし「西京焼き」や「幽庵焼き」の、一手間かけた漬け焼き物は「日本に生まれて感謝」レベルだ。
そしてサワラをルアー釣り上げるまでの「難しさ」よ。
マジで釣れん!!!
「サゴシ」と呼ばれるサワラの幼魚…幼魚といっても60cmでもサゴシと言われるけど…
小型ならばショアでもなんとか数釣れるが、メーターオーバーの文句なしサワラクラスとなると滅多に沿岸には寄らず、難易度が跳ね上がる。
(サワラは出世魚)
瀬戸内海では春の産卵期に外海から入って来るので、一応はショアキャスティングで釣れる…「魚に春」の由来ではあるけれど…
・・・まあ~~無理っす。
通称「サワラカッター」の歯がとんでもなく鋭く、リーダーをスパッと切っていって大事なルアーと共に貴重なサワラがハイさよなら…泣くに泣けない。
ボートでのオフショアゲームでも「サワラジャンプ」や独特なナブラで発見して直ぐに走らせても、幻のように釣れない。
サワラは常に高速で遊泳するのでナブラを撃ってももう遅い。
そしてベイトを鋭い歯で傷つけ弱らせてから捕食するのでルアーを丸飲みしない…フッキングが絶望的に難しい原因だ。
近年ブレードジグを超高速で巻き上げるメソッドが確立して、追わせて食わせるようにして釣果をあげているが、体力が必須となっている。
そんなこんなで、「ブリ族」本命で「サワラ」がスペシャルゲストの楽しい青物ゲームだが、必ずと言ってよいほど釣れるゲストがいる。
世にいう「外道」だがあまり良い言葉ではないので「うっかり八兵衛」と言い換えてはいるが、やっぱりガッカリ…
皆さんお馴染みの「エソ」である。
メタルジグを着底させてからガシガシジャークしてフォールさせていると「ガツッ」ときて期待するも、「あら軽い?」
すると大抵エソである。
ズコーーーー!!!
ほぼリリースなのは「小骨がびっしり」でさばくのが大変なのが理由だが、高級蒲鉾の原料でもあり、食べるとコクのある白身でとても美味い魚だ。
しかしながら初めてエソを釣った人は、食べるために持って帰ろうとはなかなか思わない。
エソのその顔がまさに「怖いヘビ」なので敬遠されるからだ。
さてサワラの語源であるが、古くは「さはら」と呼ばれていたのが分かっていて、「狭腹」と書くのが由来とされ定説となっている。
狭腹の意味は「ほっそりとした魚体」を表している。
そしてサゴシは「狭腰」。
小さな若いサワラを腹の対で腰として、少女時代の女性の体形に譬えたと思われる。
だがしかし…
(いつもの発狂タイム)
あれだけ何度も何度も挑戦し続け、やっとのことで釣った…一生に一度かもしれない魚を「ほっそり」と命名するのは釣り人として納得できない!!
もっと…もっとあの超難関のサワラに相応しい命名があったはずだ。
サワラの語源の別の可能性を探してみようと思う。
実は「サワラ」と呼ばれる地方名を持つ魚は多い。
というか「○○サワラ」と呼ばれる魚がとても多いのである。
石川県金沢ではカジキ類をサワラと呼ぶ。金沢市はカジキ市場の本場で国内のカジキ類が集まる。
そこではマカジキを「テングサワラ」、シロカジキは「マサワラ」。それに対する普通のサワラの方は「ヤナギサワラ」となっている。
静岡県沼津周辺や神奈川県江ノ島ではミズウオを「ミズサワラ」。
ネズミザメは地方名が多く、関東東北地方ではモウカなどと呼ばれるが、岐阜県高山市周辺では「サワラ」、沖縄県では「オキザハラ・オキザラ」と呼ばれている。
神奈川県でのスミヤキの地方名で知られるクロシビカマスは高知県では「ウケサワラ」。
カマスサワラ属の「カマスサワラ」もいる。
ミズウオやクロシビカマスの魚体は確かにほっそりかもしれないが、カジキ類やネズミザメを見て「ほっそり」と連想するだろうか。
「○○サワラ」と付く魚を「ほっそり」とするのは何とも変だと思う。
サワラ・カジキ・ネズミザメに共通する特徴があるはずだ。
それは彼らの「怖い顔」ではないだろうか。
眼窩より裂けた口、イってしまっているかのような目つき…共通点はその顔だ。
更なる考察のために「怖い顔」を持つ代表、エソの語源を調べてみよう。
「エソ」はヒメ目エソ科の肉食魚で、目よりも後ろまで大きく開いた口で小魚を捕食する。
小骨が太く固く、更に複雑に体内に配置されるため、小骨をすき取るのはもちろん、ハモのように骨切にするのも難しい。
なので市場では練り物の原料としてほとんど買われるので一般的に小売りには出ない魚である。
愛媛県の宇和島地域で多くのエソが加工される。
しかし地域によっては非常に好まれて郷土料理となってる。
エソを最も好んで食文化としているのは奈良盆地の地方だろう。
秋祭りではエソの焼き物が必ず食され「エソ祭り」ともいわれる。
エソの語源は「蝦夷」であると『新釈魚名考』(1982 栄川省造)にある。
それによれば『大言海』や『大漢和』などを参考に考察すると、エソの醜悪な顔が蝦夷と関連されたから、となっている。
蝦夷は「見るに堪えない、嫌悪感のする者」としている。
しかし調べてみると、蝦夷の読み方として「えぞ」と「えみし」があるが、漢字は一緒でも”えぞ”と”えみし”は全く別の民である。
「えぞ」は11世紀頃より使われ始めた言葉で、アイヌ民族を意味する。
「えみし」は主に関東東北地方に住んで大和王権に従わず敵対してきた「まつろわぬ人々」であった。
『神武東征記』には畿内の先住民として滅ぼされた「愛瀰詩」が登場する。
更に『古事記』の歌には「えみしを一人百な人」と人が言うと謳われている。意味は「えみしは一人で百人分の猛者だ。」
5世紀ごろの『日本書紀景行天皇条』で「蝦夷」の表記となってる。また『宋書倭五王』に「毛人」がある。
漢字では唐などの影響によって中華思想そのままに、蝦夷や毛人と書いてはいるが、蘇我蝦夷に代表されるように大和朝廷の貴族の名前に「えみし」がしばしばある事や、安倍氏や清原氏が権威のために「えみし由来」を主張するなど、「えみし」という日本語は元々「強さ・勇猛さ」という意味であったと思われる。
魚の名前に使っても不自然ではないと感じる。
しかし中世の畿内となり、「えみし」はいなくなりアイヌを「えぞ」と呼ぶようになってくると、本来の意味から外れ和製中華思想の「目や口が大きな怖い顔の人」としての「蝦夷」となってしまったかもしれない。
その昔に海から離れた盆地へ魚を輸送して売るには、漁村で塩漬けや干物に加工し腐敗させず更に美味しくなる魚種が選ばれた。
塩サバや塩シイラが代表的だ。
当然ながら内陸の人々は魚の生態は知らない。
どんな魚なのかは魚売りがディスプレイとして置いた「魚の頭」しかなかった。
奈良時代から平安時代、魚の行商人が大和盆地の都会っ子にエソの顔を見せて面白がってもおかしくはないだろう。
大和朝廷下の平城京の人達やその子孫が「顔が怖いけど美味しい魚」という意味で「えそ」と名付けたのではないだろうか。
さてサワラの語源はなんだろうか。
和語由来であるならば「さはら」の動詞・名詞「さはる・さはり」となって「障る・障り」があやしいのではないだろうかと考えている。
「~~を妨害する。支障をきたす。」という意味である。
仏教用語としては悟りを開くことを妨害する魔であって煩悩である。
女性においては生理の古語が「月さはり」だし、妊娠すれば「悪阻」もあるし大変だ。
また「触る」という言葉も関連がありそう。
元は「手でふれる」だが「気にさわる」では「心を妨害される」になる。
更に「気が触れる」となると「精神的におかしくなった」と意味される。
なんとなく「障り・触り」に、「祟り神」や「えみし・えぞ」の怖い感じがある。
「サワラ」や「カジキ」「ネズミザメ」などなど、奈良や京都など近畿の内陸部へ行商人によって運ばれてきた「怖い顔」の魚たちは全部「さはら」と呼ばれていた。
「釣り上げるのが難しい、怖い顔の魚」を、行商人たちが内陸の都会人に「これは”さはら”だよ」と区別なしで売っていたのではないだろうか。
これらの海魚は全部、塩漬けや干物になっていて、行商人が面白半分で持ってきた頭だけ見ることができた。
悪神がごとくの強面な様々な魚たちを見て、「障ら」と命名されたのではないだろうか。