ある日突然、もう一人の妻が現れたら・・・(2)
私と夫の出会いは高校3年生の夏だった。
共通の友人をとおして知り合った。
夏休みにその友人から一緒に海に行こうと誘われた。
友人は彼氏とその友人を連れてくると言った。
海に行くと言っても海水浴をするわけではなく、
ただぼーっと海を眺めていたい気分だった。
電車に乗って由比ヶ浜駅に着くと、友人たちが待っていた。
「遅れてごめん。」と言うと、友人が「最初2人で来たんだけど、
暇でさ。多いほうがいいかなと思って、誘ってみた。」と笑った。
友人は彼氏とは上手くいってないわけではないが、
普段から大人数でいるのが好きなタイプの人間だ。
朝から2人でいたみたいだが、どうやら飽きたようだ。
「ていうか荷物少なくない!?水着とか持って来てないの?」
「え、海辺を散歩して、眺めるだけだと思ってた。」
「あいつと一緒じゃん。」と友人の彼氏が指さした先にいたのが彼だった。
コンビニからジュースを飲みながら出て来た。
荷物が少ないというより、ジュースしか持っていなかった。
足もとは私と一緒でサンダルだった。
「あ、どーも。」とお互い軽く挨拶した。
私は友人とは違って、人見知りな性格だ。
初めて会う人とは大抵何を話そうか迷う。
その間に気まずい雰囲気になるのがオチだ。
駅から海までは歩いて10分ほどだった。
友人たちの後ろを黙々と歩いた。
すこし歩くと海が見えてきた。
「あ、海だ〜。」と言うと
「本当だ。海の匂いがするわ〜。」という彼に
「海の匂いはもっと前からしてたよ。」と突っ込んだ。
「あ、そっか。」と彼は笑っていた。
いきなり突っ込んで、気まずくさせたと思った。
しかし、彼は全然気にしていない雰囲気だった。
彼は寛大なのか、それともただ鈍感なだけなのか。
なんとなく波長が合う気はした。それが彼の第一印象だった。
しばらくして海に着いた。
お腹が空いたので、海の家で軽食をいくつか買った。
4人で学校のことやアルバイトのことなど他愛のない話をした。
いつの間にか彼とも打ち解けていた。
友人が「せっかく海に来たんだから入ろうよ!」と言った。
「私は足だけね!」と言うと、「俺もー。」と彼が言った。
水は生温かったが、足だけ浸かっても気持ちがよかった。
海に入るのは久しぶりだった。
小学生の頃に父と自転車でよく行っていた。
父とはしばらく話していない。
そういう年頃と言ったらそれまでだが、
何を話して良いかわからないのが本音だ。
そんなことを考えていたら、友人たちがバシャバシャと水を
掛け合っていて、こちらにも飛んできた。
友人たちに向かって波を足で蹴ると、すぐさま砂浜に戻った。
友人が持ってきたレジャーシートに彼が一人で座っていた。
「海にいたら上まで濡れそうだから逃げてきた。」と言うと、
「確かに。」と彼が微笑んだ。
私は何気なく隣に座り、お茶を飲んだ。
彼も思い出したかのように、持っているジュースの蓋を開けた。
「海って眺めてるだけでもいいよね。」と話しかけると、
「子どものときよく親父に連れてきてもらったんだけど、
こういう海水浴場じゃなくて漁港だったんだよね。」と彼が笑った。
「お父さん、釣りが好きなの?」
「いや、釣り竿とか持ってないから岩場でサザエとか獲る。」
「え、素潜り!?サバイバルのとき頼もしいだろうね。」
「岩場だから潜らないよ。」と彼は笑った。
「あ、そっか。」と笑って誤魔化してみたものの、勝手に素潜りを想像したことが少し恥ずかしかった。
「お父さんと今も出掛けたりする?」と尋ねると、
「・・・もういないんだよね。」と返ってきた。
「そうなんだ、なんかごめん。」と謝ると、彼はほんの半年前にお父さんが亡くなったこと、死因は病気だったことを教えてくれた。
お父さんが金物屋を営んでいて、高校を卒業したら継ぐということも話してくれた。
お父さんが生きていたら、彼は私と同じように受験勉強をしていたのだろうか。
それとも、最初から継ぐ予定だったのだろうか。
そんなことを考えていたら、夕日が沈み始め空がオレンジ色になってきた。
「疲れたから、そろそろ帰ろー!」と友人が言った。
私は彼と座っていたレジャーシートを畳んだ。
端と端を合わせる際に、指が軽く触れてドキドキした。
帰る前にトイレに寄った。
手を洗っていると、友人がニヤニヤしながら鏡越しに話しかけてきた。
「お似合いだと思うよ。なんか雰囲気も似てるし!」
「今日知り合ったばっかりだし、そういう関係にはならないよ。」
「高校生活最後の夏なのに、いつになったら彼氏作るの?」
「どうせ受験だし、そっちこそどうすんの?」
友人が髪を梳かしながら、鏡越しに目を合わせてきた。
私が横を向いて、友人の顔を見た。
彼女はこちらを見ずに、鏡の中の自分を見ていた。
「もう別れようと思ってるんだよね。」
「え、早くない?この前付き合ったばっかりじゃん。」
「うん。一緒にいて楽しいけど、そこまで好きじゃないかも。」
「え・・・。」私は思わず言葉を失った。
友人が好きじゃないのに付き合っていたと知って、少し軽蔑した。
こういう性格の人もいるとわかってはいたものの、彼氏のことを考えると
やはり気の毒に思えた。
あんなに楽しそうに笑っていたのに、本当は好きじゃないなんて・・・。