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11月12月大事!「出来事に意味はない」現実に惑わされないでください。

出来事に意味はない。
出来事は、「起きているのではなく、見ているだけ」です。

今この現実と思っているものは、「それそのものを生きているのではなく、見ている世界である」「そして付けている意味を、つけ直し変えれば良いだけ。」という宇宙意識が入ってきています。

意識の拡張が起きているのですが、この感覚が、いつまで続くか分かりません。数日後には消えているかもしれませんが、この意識を感じている間にお伝えしたいと思います。

上手くお伝えできるか自信はありませんが、出来る限り簡単にお伝えできればと思います。

11月12月、個人の段階によっての意識の拡張、拡大が起きていくことをキャッチして、もうすでに始まっています。これまで以上に思考の世界が溶けていくことを意味します。

私たちは、目の前で起きる出来事に対して、私に起きていることだと認識しますよね。

しかし、現実と感じているこの世界は、全てフォログラムになります。

つまり、「起きている」のではなく、「見ている」のです。

何か望まない出来事が起きた時に、「ネガティブな出来事が起きている」と感じる感覚が生まれるのは、どうしてだと思われますか?

それは出来事に良い悪いの意味付けをすることによって作り出しているものでしかありません。

そこで、こう思ってみて欲しいのです。
あなたが、映画の監督のようなものだと思ってみてください。

あなたが映画監督として演出し、あなたがストーリーを作っているのですが、あなたがつけた意味が、そこにあるだけだということに気付かれてください。

「嫌なことが起きた」というネガティブな意味をつけたわけです。

そこに意味はなく、私は、どういう人生を生きたいのか?にだけフォーカスを当てれば良いのです。

同じ出来事でもポジティブな意味をつける人もいるし、中立的な意味をつける人もいますよね。

例えば、事故や怪我、人間関係のトラブルなど、そいったことが起きた時、「これくらいで済んで良かった」と思う人もいれば、「事故に遭って最悪だ不運だ」と思う人もいるように様々です。

つまり出来事に意味は何もついてない。

付けたあなたがいるだけ。
出来事に、もともと意味はないのです。

本来はその後、出来事について、どんな世界を体験したいかということを問われた時に答えている、それがつけた意味です。

出来事に意味があるのではなく、あなたがどう感じたかに意味が生まれているのです。

では、どう捉えればいいか?

その意味は、誰かがつけたんだとなっている立ち位置を変えることです。

この立ち位置の場合、誰かがつけたのだから、それを紐解けば良い方向に行くのではないかという考えになります。

世界はあなたが作ったわけです。全ては自分が作った世界だという覚悟がある人にとっては、出来事に意味はないと受け取れるのです。

出来事に意味はないのですが、この世界では、例えば、何かネガティブなことが起きたという意味をつけやすいように洗脳されています。

こういうことが起きたら、こういう意味をつけるというパターン化された癖が、あるのです。

出来事に意味がないわけですから、「ちょっと待てよ」と立ち止まり、あなたがどんな世界を、その後体験したいかを考え、つけている意味を付け直そせばいい、実は変えれば良いだけだったりします。

とても単純なのです。

とは言え「私は、考えてしまいます」「そういう性格です」と思われた方は、このまま聞いてください。

自分自身の性格ってありますよね。
ここで考えてみてください。

性格は確かに気質はありますが、環境によって後付けで付けられた部分も、たくさんあるのです。

例えば、

感情を表に出すことが批判される環境(職場や家庭)で育つと、次第に感情を見せなくなる。

仕事や家庭でミスが許されない環境に長くいると、細部にまでこだわる几帳面な性格が身につく。

新しい学校や職場での環境でうまくやっていくために、人見知りでも無理に社交的になり、それが長年続くと、それが気が付けば定着した。

などといったように、後付けなことが多いわけです。後付けなのであれば、また変えればいいのです。

これを機に、さっと変わってしまうというタイミングを自分の中で決めたら意外と変われるものなのです。

こんなことありませんでしたか?

学生時代は、とっても根暗だったのに、同窓会で会ったら、とっても垢抜けて別人だったみたいなことです。

今日から私はちょっと垢抜けたタイプで行こうと決めてみるのです。最初は周りも少し違和感があるかもしれませんが、すぐ慣れます。

今日から私はこういう人間だという定義をしてみると、自分の性格は意外と後付けだったということにも気付けます。

多くの場合は、それをずっとやらないのですが、それは、ここにいるのが好きだからなのです。悩みがあるのが好きだったりするからです。

なぜなら、私は、こんなことがあった事でトラウマとなり、まだ抜けられない、他の人には、なかなか経験しえない、すごく大変なことがあったんだとその悩みがある状態にいることによって、慰めてほしいからなのです。

もったいつけたくなる気持ちは分かりますが、そこにとまり続けたい理由が、悩みがある状態が好きだからなのです。

そのため映画監督のあなたは、悩みがある状況を作り続けるわけです。

ではどうすればいいか?

悩みがあることはとりあえず置いておき、自分が本当に何をやりたいのかということに焦点を当てるのです。

悩んでる時間を減らして自分は本当にこれからどうしたいのか?ということに意識を向けるのです。

悩みって意外と悩んでも解決しないことって多いと思いませんか?

この世界は全部、映画のように自分が作り出したということをベースにすることで、自分の想像力っていうものをいかなく発揮できるような自由な人生を想像できるようになるわけです。

映画監督のように、シチュエーションや主人公の性格、人生観すらいくらでも変えて何作も作ることができるのです。それを監督として見ている自分がいるだけ。

実は悩みって大したことがないのです。悩みの捉え方によって時空も超えられます。

ここで、もしも

自分が人生を作っているのは分かる、だからこそネガティブなことを起こしているのは私だと責め、自分のどこがダメだったのか、、、と考えてしまうのであれば、それさえも、自分が付けた意味付けだと気付かれることです。

まとめ

出来事に意味はない。
出来事は、「起きているのではなく、見ているだけ」です。

同じ出来事でも例えば、事故や怪我、人間関係のトラブルなど、そいったことが起きた時、「これくらいで済んで良かった」と思う人もいれば、「事故に遭って最悪だ不運だ」と思う人もいるように様々です。

「嫌なことが起きた」というネガティブな意味をつけたわけです。

つまり出来事に意味は何もついてない。
付けたあなたがいるだけ。
出来事に、もともと意味はないのです。

本来はその後、出来事について、どんな世界を体験したいかということを問われた時に答えている、それがつけた意味です。

出来事に意味があるのではなく、あなたがどう感じたかに意味が生まれているのです。

世界はあなたが作ったわけです。全ては自分が作った世界だという覚悟がある人にとっては、出来事に意味はないと受け取れます。こういうことが起きたら、こういう意味をつけるというパターン化された癖なので、”その意味は、誰かがつけたんだ”となっている立ち位置を変えること。

出来事に意味がないわけですから、あなたがどんな世界を、その後体験したいかを考え、つけている意味を、付け直し変えれば良い。

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