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「トークンで寄付をする」から「ステーブルコインで寄付をする」へ
はじめに
こんにちは、web三郎です。
今回は今月1日に発生した能登半島地震に関連する内容となります。犠牲となられた方にお悔やみを申し上げるとともに、被災されました皆様にも心よりお見舞い申し上げます。
今般の事態に際して、web3業界ではトークンのメリットを活かした寄付プロジェクトが活発化しています。
寄付金は寄付金控除のような制度をはじめ寄附者と支援を受ける側の双方にメリットをもたらすように制度設計されているのですが、残念ながら法整備が追いついておらず、トークンを用いた寄付ではそのメリットを十分に享受できないというケースも考えられます。
本稿ではトークンによる寄付と税制の関係を紐解いていきます。
国内事例
国内では、渡辺創太氏が率いるAstar Networkの関連団体であるAstar財団とStartale Labsが、地震発生の翌日2日にASTRトークンによる寄付の受付を開始したほか、今月5日には、佐藤伸介氏が率いる暗号資産決済サービスのSlash Web3 Paymentsが、Ethereum、BNB Chain、Polygon、Avalanche、Astar Network、Arbitrum One、Optimismに対応した寄付金募集ページを開設しており、ここで集まった支援金はAstar Networkの寄付金ウォレットに送付される予定となっています。
1/ 令和6年能登半島地震の発生をうけAstar財団とStartale LabsはWeb3技術を用い暗号資産の災害支援募金ページを開設しました。即行で作ったので一旦ASTRトークンによる寄付を受付けます。世界からスピーディーに寄付できるのがWeb3のメリット。弊社できることをやります。https://t.co/bL9xero5Fp pic.twitter.com/54lM6vcsR8
— 渡辺創太 @スターテイル•ラボ (@Sota_Web3) January 1, 2024
Slash 能登半島地震支援金
— [/]Slash Web3 Payments🐧 (@SlashWeb3) January 5, 2024
この度、Slashは能登半島地震支援金の募金を実施いたします。
皆様からの寄付はGas代や税金を除き、全て本災害の救援復興活動に活用させていただきます。
Slash Paymentに対応しているチェーン上の代替性トークンであれば、どのような種類のものでも受け付けております。… pic.twitter.com/AT1liYCe1F
海外事例
グローバルな事例では、今月5日にはTron、Cardano、Polygon、Neo、Qtum、Mask Network、IOST、Palette Chainの計8チェーンが「#web3prayforjapan」キャンペーンとして、それぞれ寄付金受付用のウォレットアドレスを公開し、トークンによる寄付金の募集を開始しています。
のちにSui Networkも参加しており、また、国内取引所のOKCoin Japanは同プロジェクトに関連するアドレスへの出庫手数料を無料にするという形で支援しています。
令和6年能登半島地震にて被災された全ての方々にお見舞い申し上げます。
— Palette(パレット) (@hashpalette) January 3, 2024
被災地に世界からのサポートが少しでも多く早く届くように、Palette Chainは7つの世界的な有力ブロックチェーンプロジェクトと一緒に 『#web3prayforjapan』キャンペーンを開始しました。… pic.twitter.com/p6AwkwdkaD
トークンによる寄付のメリット
このようにweb3の世界からも様々な支援が行われているのですが、なぜ寄付金をトークンで募集するのかという疑問も生じてくるかと思います。
制度や技術が未発達であるがゆえのデメリットもたくさんあるため、一口に現金や物資よりもトークンが優れているというわけではありませんが、プリミティブにはトークンの以下のような性質が寄付プロジェクトに活きてくると考えられます。
資金の流れの透明性が高い
即時で送金・口座開設できる
送金コストが安い
国際送金の障壁が少ない
これらの性質を遺憾なく発揮できる状況さえ整えば、トークンは、寄付活動における不正や効率の悪い支出を防ぐとともに、従来にも増して迅速に世界中から寄付金を集めることができるようになります。
とはいえ、現実には法整備も技術も完全ではなく、とくに規制面では様々な論点が残されています。
税制上の課題
国や地方公共団体のほか、日本赤十字社のような特定公益増進法人へ日本円で寄付を行う通常のケースにおいては「寄附金控除」という所得税・住民税の控除を受けることがでいます。
NPO法人や学校法人、公益財団法人等の場合には「寄付金特別控除」という税額控除制度の利用を選択することもできます。
ふるさと納税が、金銭的なインセンティブによって再分配の効率化を狙ったのと同じで、ゲンキンな話ではありますが、支援金や義援金というものは、これらの金銭的なインセンティブを担保する制度によって、強化されているという側面があります。
また、トークンで寄付する場合、幅広い用途に適合するようトークンを日本円に交換する必要がありますが、これが税制上、利確扱いになり課税されるということになってしまうと、寄付意欲を減退させてしまいかねません。
しかしながらトークン建てで寄付を行うということは現行法ではほとんど想定されておらず、寄付金控除の適用可否や円転時の損益に対する課税については専門家の間でも意見が割れています。
税理士の村上ゆういち氏は、税制上、トークンは寄付した時点で利確扱いになり、取得価額と寄付時点での時価の差額が課税対象となる可能性があることに加えて、寄附金控除を受けるための条件を満たしていないと判定される可能性も指摘しています。
ロシアのウクライナ襲撃のニュースで、ウクライナへ「仮想通貨で」寄附ができます
— 村上ゆういち@魔界の税理士 (@Jeanscpa) February 28, 2022
この行為、非常にすばらしく、私自身、寄附された方をリスペクトしています
ですが、税金の面では2点留意が必要です
①寄附したコインは利確扱い
②寄付金控除が受けられない可能性あり
以下、続きます
また、暗号資産会計システムを開発するRIKYU社CEOの高瀬兼太氏は、寄付金を募集する主体がトークンを円転する際に発生する損益を計上する必要があるとしています。
crypto募金、急すぎて難しかったと思うけど、自治体のwalletに直投げできたら良いなと思った。暗号資産のままだったら受け手も取得価額計算&円転時の損益が出ちゃうので、JPYCで受け取れる形にすれば良い。次世代JPYCなら円転可能だと理解。…
— Kenta Takase | 暗号会計RIKYU (@ta_ka_sea0) January 2, 2024
先ほど、NPO法人等への寄付については「寄付金特別控除」を受けられるケースがあると先ほど説明しましたが、実は政治団体への寄付(いわゆる献金)にも「政党等寄付金特別控除制度」という税額控除の制度が存在します。
過去にロイター通信が、当時の総務相である高市早苗氏の「暗号資産による政治家個人への寄付は合法である」という旨の発言を報じたことをきっかけに、JPYCの岡部典孝氏やCoinpost、Ariel Partnersなどをはじめ多くのweb3事業者がこの問題を取り上げていました。
Ariel Partnersによれば、総務省は行政文書上で暗号資産を「物品その他の財産上の利益」に該当するものと考えており、この解釈を政治資金規正法に照らすと、個人から政治団体や政治家に対する献金は合法で、かつ、「政治活動に関する寄付」として「政党等寄付金特別控除制度」の対象にもなると考えられます。
しかし、高市早苗氏の発言は2019年10月のものであり、暗号資産関連の規制がアップデートされた現在においてもこのような解釈が通用するものかは微妙なところです。
望ましい税制環境
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政治献金については汚職の問題など色々と難しい問題がありますから脇に置きますが、義援金や支援金のような、喫緊の課題に関連する寄付については、少なくとも寄付金控除を受けられるように規制を明確化するべきだと考えます。
素人なりに関連法令の条文やガイドラインを読んでみましたが、寄付金控除の対象となる寄付先が暗号資産を受け入れ、受け取った暗号資産の金額や住所・氏名・日付などを含む「寄付金受領証明書」を発行し、管轄団体へ適切に受領報告することができれば、寄付金控除を受けられるようにも読み取れます。
この「受け取った暗号資産の金額」という点の解釈が難しそうですが、実態としてそのときにいくらで円転しうるか、ということを第三者からみても明らかな形で証明することはそれほど難しくはありません。ですので、ひとまず時価で記載するということにしてもいいのかもしれません。
懸念は寄付時点で利確扱いになってしまうのか否かという点です。寄附者目線では、仮に寄付金控除を受けられないのであれば一切の金銭的な利益を得られていませんから利確扱いになってしまうのはおかしいように思えます。
ただ、寄付金控除の対象となる場合には寄付金控除額分の利益を得ていると考えられますから、利確扱いになってしまっても仕方がない印象もあります。
せっかく寄付するなら何らかのインセンティブがあったほうが寄付も促進されると考えられますが、「寄附金控除」も「差益の非課税」も、というのは欲張り過ぎるかもしれません。
寄附者の視点で考えれば寄付金控除さえ受けられることが明確化されれば十分であると思われますが、トークンとして寄付金を受け取って支援金や義援金の形で利用する団体がトークンを円転するタイミングで発生してしまう差益については、何らかの条件を課した上で非課税にするのが妥当でしょう。
とはいえ、この問題については法人税法第6条において、日本赤十字社や政党をはじめとする「公益法人等」やPTA、労働組合、管理組合等の「人格のない社団等」は収益事業以外から生じた収益については法人税を非課税とすることが規定されているため、もしかしたらあまり問題にはならないのかもしれません。
ステーブルコインで寄付?
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以上、トークンと寄付の関係における最適な税制環境について論じてきました。
寄付金控除の対象となることを明確化が求められることとは別に、差益を非課税にするべきか否かという難しい問題が残されました。
この問題については日本円ステーブルコインを利用することで解決が可能です。
直近では規制が明確化されたことを受けて、web3業界の念願であった日本円ステーブルコインが続々と発行されています。日本円ステーブルコインのなかでも「電子決済手段」として分類されるものについては、上述のトークンによる寄付のメリットをほとんど完璧に備えながらも、その譲渡時には券面と同額の日本円を対価として受け取っていれば、差額はゼロと解されます。
これにより寄附者目線においても寄付を円転する団体においても課税が発生する心配はなくなりますし、トークンとしての透明性、送金コストの安さや早さというメリットを享受することができます。
慈善心ではなく、適切な制度と技術を
日本の寄付市場は名目GDP比で0.23%と、1.55%を誇る米国と大きく差があります。英国の慈善団体が発表する「World Giving Index」、日本語では「世界の人助け指数」と呼ばれる指標で、日本はワースト2位を記録しています。
しかし、日本人が慈善の心をもっていないとか、社会貢献に興味ないといったようなことは真実ではないでしょう。誰しもが旅行者や留学生が「日本人は親切だ」と話しているところを見たことがあると思います。
問題は慈善の心をもっているか否かではなく、適切な制度設計にあるのではないでしょうか。寄付先進国である米国には「寄付年金」や「5年間の繰越控除」、「評価性資産寄付時の時価額での所得控除」など、日本にはない様々な優遇制度が準備されています。
制度がすべてではありませんが、しかし、制度が支援の輪を繋いでいくということもあろうかと思います。
さらに技術が寄付を後押しするという側面もあります。
米国では寄付金関連のフィンテックスタートアップも数多く存在していて、いくつか例を挙げれば、金融機関のアプリケーションに寄付機能を組み込むAPIを提供するChange、税額控除等のメリットはそのままに株式を寄付でき、また寄付金を受け取る側は株式ではなく現金を受け取ることができる証券口座を非営利で提供するDonateStockなどがあります。
ステーブルコインも、このような寄付を後押しするテクノロジーの一種といえ、日本における寄付市場の拡大に大きく寄与しうるものだと期待したいです。
※筆者は規制については素人です。トークンによる寄付の税制上の取り扱いについては、税理士をはじめとした専門家に相談することを強くおすすめ致します。
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