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(第15回)「生駒・宝山寺新地、女町エレジー」

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参道から続く「生駒新地」の景色


 「女に生まれてよかったわ。ほんとはいいことないけれど、せめてこころで思わなきゃ。生きてはいけないこのわたし。生駒は哀しい女町」


 前時代的と言ってしまえばそれまでだが、なんともすごい歌詞である。昭和48年、作詞家の石坂まさを氏によって書かれた歌、石坂氏の愛弟子である藤圭子をはじめ、幾人もの歌い手によって歌い継がれた佳曲『女町エレジー』の一節である。

 この曲が夜に出た時分小学生だったわたしには、残念ながらこの「女の事情」が理解されることはなかった。

 舞台は生駒。生駒は大阪の東、奈良への入り口にそびえる生駒山を中心としたエリアである。奈良ではあるが大阪中心部にも比較的近い通勤エリアで、高度経済成長期以降、ベッドタウンとして栄えた。

 生駒が「哀しい女町」だということは露ほども知らなかったわたしがこの町の名前を知ることになったのは、ダイエットがきっかけだった。

 生駒には有名な「断食道場」がある。以前、「無茶で無邪気な」ダイエット本『ロックンロール・ダイエット』を刊行した際に取材をした。

 わたしの断食修行における「心のボス」としている甲田光雄先生が著書のなかで繰り返し紹介していた「生駒山の断食道場」という妖艶な響きに惹かれ、必死の思いでこの地を訪れたのであった。

 生駒は無数の神々が宿る「民間信仰の聖地」としても有名である。生駒山の西麓、東の山間部、南部など、無数の信仰の「拠点」がある。日本古来の寺院、在日コリアンのための寺院、霊園、前述した断食・ヨガ関連の修行道場から占いストリートまで、中小の神々が不思議な信仰の曼荼羅を織り成す、日本でもめずらしい場所だ。

 なかでも有名なのが宝山寺である。真言律宗大本山「宝山寺」は、「生駒の聖天さん」として大阪商人たちに古くから親しまれている商売の神様だ。本堂から奥の院まで、狭い階段を登りながら時代を巡っていく信仰の時間は、まるで古代のテーマパークを訪れているような気分にさせてくれる。

 生駒山地の信仰の一端を感じた後、寺院の出口から参道を下る。参道沿いに山の中腹を覆うようにひらけているあたりは、遊郭の跡が感じられるディープなエリアである。少し歩いてみると、古い旅館や一杯飲み屋など、昔の熱気や栄華を色濃く残す一角に出会える。詳細は知りえないが、作詞者である石坂まさを氏は、この生駒新地(宝山寺新地)の景色のなかに、ある哀しい女の物語を見つけた。そのことはたぶん事実なのであろう。

 信仰の狭間に顔を覗かせる不思議な場所。生駒の景色は、「遊郭の皮膚感」の薄いわたしにはなんとも形容し難い空間に見える。ここには多くの人間が行き交い、たくさんの物語を生んだ。

 「生駒の神々」について丹念に取材した本がある。民俗学系のアカデミズムの面々(宗教社会学の会)が編んだ『聖地探訪 生駒の神々』(創元社刊)という本である。そのなかで、宝山寺を取材し、奉納される絵馬を眺めた際のこんな記述を見つけた。

 (絵馬には)「『家庭の幸せ』に関わること、『地位向上』『商売繁盛』に関わることに加えて、『たちもの』『たちなおり』『男女関係の解決』といった深刻な内容のものも目立った。今日でも、絵馬を眺め渡すと、薬物、アルコール依存症、DV(家庭内暴力)、ギャンブルの克服やもつれた男女関係の解決を願う内容が見られる。こうした生々しい現実の問題に関する願いを託せるところに、宝山寺への人々の信仰の切実さが表れている」

 ここは大都会・大阪のすぐとなり。生駒は哀しい女町。女心を門前にそっと置いていく、そんな物語が似合う町なのだ。

〜2020年7月発行『地域人』(大正大学出版会)に掲載したコラムを改訂


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【真言律宗大本山宝山寺】奈良県生駒市門前町1番1号
近鉄生駒駅を降りると、山の中腹にある寺院の周辺までケーブル線が開通している。宝山寺駅下車。参道を通って約10分で境内へ行くことができる。

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