『フォーリング・ダウン』のマイケル・ダグラスのカバンがアタッシュケースからスポーツバッグに変わっていった理由。
ビジネスバッグ、ハンドバッグ、スーツケース、リュックサック、学生カバン、旅行用衣装ケース、トートバッグなど、カバンの種類は多岐にわたり、その用途も幅広い。もはやわたしたちの生活に欠かせないものだ。
カバンというのは用途もさることながら、なによりもその個性がおもしろい。学生には学生カバン、サラリーマンにはビジネスバッグ、スポーツ選手にはスポーツバッグやダッフルバッグ、お医者さんやパイロットにはそれぞれのおなじみのカバン。ヘアメイクアーティストには、それ専用バッグなど、カバンは、所属や職業などの属性を現し、時代や職業などの背景や物語もいっしょに携帯してしまう。
もちろん、入れ物としての機能も重要なのだが、いくらカメラバッグを担ぐカメラマン氏がファンション性を無視し機能を追求しようとしても、また、大きな荷物を持ち歩くオタク諸氏がパンパンに膨らませた没個性のノンブランドリュックを持ち歩いていても、けっきょくはそれ自体が個人をアイデンティファイしてしまうという、なんともおもしろい民具だと思う。
少し古い作品だが、わたしの好きな映画に『フォーリング・ダウン』という映画(1993年)がある。主演のマイケル・ダグラスが、ある日突然社会の矛盾にキレまくる平凡なサラリーマンを演じた異色の作品である。その作品のなかでの主人公の持ち歩くカバンの変化がおもしろい。
主人公は、最初、ビジネスバッグ(アタッシュケース)を手にぶら下げていた。短く刈り上げられたヘアスタイル、白シャツにネクタイ、完全なるサラリーマンの通勤姿である。それが、物語が進行するに連れ、街の「ややこしい」ことに巻き込まれていく。
「俺はただ家に帰りたいだけだ」とつぶやく主人公をさまざまなトラブルが襲う。
劇の中盤、彼はいつのまにか大きな黒いスポーツバッグをぶら下げている。口の空いたままのバッグからは、大量のマシンガンが覗いている。それはじゅうぶんに「イカれた野郎」だ。
アタッシュケースは「それなりの」気密性を持つ仕事に携わる人を表す。団体のマーク入りのスポーツバッグやスクールバッグなどは、そこのスポーツマンや学生さんだ。要するに、人は持ち歩くバッグひとつで印象さえ変わってしまうのだ。
さらに、カバンにはアイテムとしての時代性がある。古い新しいが意外によくわかるのだ。ちょっと流行遅れだなと思って処分したカバンもひとつやふたつはあるだろう。カバンはじゅうぶんにファッションでもあるのだ。
そんな数々のカバンの歴史を眺めたければ、浅草にある「世界のカバン博物館」がいい。旅行用のスーツケースなどでおなじみのエース株式会社が運営する、創業者・新川柳作の業績を称えたミュージアムである。
世界各地の貴重なカバンの数々に加え、1970年、大阪万博の公認バッグや70年代の一大ヒット商品「マジソンバッグ」(エース株式会社製)などもある。
さまざまな時代やさまざまな用途のカバンが、個性豊かに語りかけてくるおもしろい空間。カバンとはなにか。観光地・浅草でふとそんな空想にふけることができる。
〜2017年11月発行『地域人』(大正大学出版会)に掲載したコラムを改訂
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