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(第14回) エルメスのスカーフ素材、川俣シルクの「妖精の羽」

 冬の始めの岩手を取材してきた。まだ余力があったので福島に寄った。今回は中通りと呼ばれる山間部に行ってみようと考えた。この地区は、いまだ原発事故の風評被害に喘いでいる。

 帰宅困難区域の一部解除はあったものの、その近隣地区では、観光客を誘致するような活気ある状況にはなっていない。原発事故から6年もの月日が経ち報道もまばらになったいまも、この地区は見えない被害と闘っている。

 2017年、世界的高級ブランド「エルメス」のスカーフの素材に、「川俣シルク」の「フェアリー・フェザー(妖精の羽)」が採用された。

 この織物は、髪の毛の太さの約6分の1という超極細絹糸が使われている。織機のたて糸に何千本も超極細絹糸をセットして織り上げたオーガンジー(極薄手で透ける平織りの生地)は、手に取ってもまったく質量を感じさせないほど軽い。民話に伝わる「天女の羽衣」はこんな質感だったのではと思うような、薄くてしなやかな絹織物が、世界的に評価された。

 この川俣シルクを生み出す川俣町は、原発事故の帰宅困難区域に指定されたエリアの北西部に位置する。川俣町の南東部の一部もまた帰宅困難区域に指定されていた。

 川俣町に機織りの技術が伝えられたのは奈良時代だと言われている。

 江戸時代、京都西陣に送られた川俣の生糸は、「登せ糸(のぼせいと)」と呼ばれ、最高品とされていた。「川俣絹」は、元禄期、江戸城大奥の御用品ともなった。

 幕末には、平絹ほか各種織物も織られ、江戸越後屋、三井の呉服屋にも販売された。明治前期には西陣、桐生より新式の製織技術が導入され、「川俣羽二重」の産地として大きく発展していった。川俣の「軽目羽二重」は、高品質な絹糸で緻密に織り精錬した、純白、薄手でなめらかな艶のある絹織物である。「羽二重」は福井・金沢の重目、桐生の中目があり、川俣は「軽目」の特産地として、その名は海外にも知られていた。

 川俣町は人口14000人弱の小さな街である。道の駅に併設して「おりもの展示館」がある。川俣の織物業の歴史を写真や文献で紹介したり、さまざまな種類の絹製品を展示している施設だ。

 NHKの大河ドラマ『八重の桜』で、新島八重に扮した綾瀬はるかが、明治時代を演じる劇中で着用していた洋装(製作に川俣シルクが使われた)が展示されていた。一部の生地は実際に触ることができ、絹と化繊の違いなどが実感できた。ふらっと入った施設だったが、素材フェチの私はなんだかもやもやした。

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 私はこの施設を手放しで褒めようとしているのではない。施設内は閑散としていたし、展示の隅々に対して提示側の意識がしっかりと感じられるかというとまだまだ不十分だ。ただ、なぜか私はこの施設に、ものすごいポテンシャルを感じた。

 目で見る、実際に触る。生地という「質感」がここかしこにあり、さらなる彩りを与えられて、訪れるゲストたちにお披露目されるのを待っている。

 触れる展示、質感を味わうための施設。正直、それの正しいやり方はわからない。だけど、それがこの街に出現したら、ここはきっとたのしい観光地になる。元気をなくしている町が、陽気な町になる。そう思い、うれしくなった。


  〜2018年2月発行『地域人』(大正大学出版会)に掲載したコラムを改訂

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高品質の川俣シルクは有名ブランドのウエディングドレスなどに使用されている。

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隣接の道の駅「シルクピア」で絹製品が購入できる。写真はメガネ拭き。

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【おりもの展示館・からりこ館】
展示のほかに、コースター製作などの手織体験などもできる(要予約)。

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