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再録「あのときアレは神だった」〜車寅次郎

小学生の頃、家族づきあいしていた友達のお母さんから映画に連れてってあげると言われた。そのとき、おばちゃんはリーダー格だったわたしに何が見たいかと聞いた。わたしはよくわからないまま「寅さん」と答えた。

見終わった後、家に帰ってきてみんなでごはんを食べていたとき、テレビの番宣か何かで洋物パニック映画『大地震』が流れた。そのときおばちゃんは、子供のわたしたち(主にわたし)に向かって、「こういうの観に行くのかと思ったのに」と言った。

ああ、寅さんを見ることがいけなかったのだろうか。当時、10歳だったわたしの頭に、なんとなくそんな記憶が残った。

残念ながらそのときの「寅さん」の印象は覚えていない。たぶん「男はつらいよ 寅次郎恋やつれ」(第13作)だ。

小説家の娘で、家庭的に不遇なマドンナ(吉永小百合)に、寅さんお約束の「恋の勘違い」で、「そりゃ10歳かそこらにはわからんわな」の映画だと、なるほど今になって思う。

それからずっと寅さんばっかり追っていたかというとそんなことはなく、『ポセイドン・アドベンチャー』『タワーリング・インフェルノ』あたりにもすっかりハマった。

丸刈りの中学生、思春期、マスコミにかぶれた生意気な大学生時代、そして、とりあえずこんな商売に入った身としては、正直言えば、寅さん映画はどちらかというとあか抜けない印象で、それほど関心を持っていなかったのかもしれない。

だが、自身が風来坊の身になってみると改めてわかる、放浪をやり続けることのすごさ、「それを言っちゃおしめえよ」とささいなことにこだわり続けるパワー。それは腹を抱えるほどにおかしく、下を向けないほどに切ない。

恒例の寅さん映画が(新作)見られなくなって、もう20年以上がたつ。昭和の神、男の神、そして、わたしの神。車寅次郎をしのんで、この連載の幕を閉じたいと思う。 (中丸謙一朗) =おわり



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