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宇宙図書館~観察者H

観察者H‹スペック›
種族=人間
年齢=20~30代
心身喪失状態。

僕は秀行。秀でて進む、秀行。

何が秀でているものか。

就職難で、家族から尻を叩かれ焦って決めた結果が、ブラック企業のリーマンだ。

給与はまあまあ貰っている方だと思う。けれど、それが働きに見合っているかどうかは別。

少し失敗すれば罵倒。サービス残業だらけ。無能上司に仕事を押し付けられ、断りきれずに午前様、なんて事もザラです。

さっさと転職しろって?拘束時間の長さ考えたら分かりません?仕事の後に転職活動する気力があると思います?たまの休日なんて疲れきって起きられずに半日以上眠ってるんです。

そういえば最近家族とほとんど話もしていない。父とも、母とも、弟妹とも。父は町工場で働いているし、弟妹は学生だし時間が合わない。たまに母と二言三言話すくらいかな。

食事も、時間が合わないから一人でレンチン。勤務時間の異様なブラック勤めでも、実家住みだからまだなんとか生きていられているのかもしれない。それは有難いと思っています。けれど、、、

本当は辞めたい。

こんな職場。

あまり話が上手くないから同僚とも馴染めていないし、なによりも異様な拘束時間。

生きる為に働いているのか、働く為に生かされているのか、分からなくなってきた。

親には言えない。心配をかけてはいけない。なにより、裕福でもないのに僕が仕事を辞めたいなんて言ったら、、、

表向きは「大丈夫だよ」「無理はするな」と言ってくれるかもしれないけれど、きっと本音は違う。

分かっている。

だから言えない。でも辛い。苦しい。もう嫌だ。働きたくない。でも言えない。失望される。誰に。皆に。甘えるなと言われるのも嫌だ。頑張っている。僕なりに頑張っている。休みたい。でも休みの連絡なんて入れたら上司に人格否定をされるだろう。僕が休んだせいで同僚の仕事が増えるかもしれない。そうしたら同僚にも冷たい目で見られてしまう。そんなの耐えられない。もう嫌だ。全部嫌だ。

嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ!!


天秤が

傾いた



休日。珍しく早い時間に目が覚めた。

前日の夜、脳内で叫びながら眠った。夢すら見なかった。

何か、静かだ。自分の中が。

気分が落ちるところまで落ちると動悸がするのに、今朝はそれもない。

静かだ。

なんとなく、出掛ける準備をする。洗面所前で母に会った。

「おはよう。」

母はカラカラと笑いながら「今日は早いじゃない?いつもは死んだように寝てるのに。」とからかってくる。

「うん。なんだかスッキリしてね。」

身支度を整え、再び階下へ行くと、エプロンをした母が声をかけてきた。

「朝御飯は?食べる?」
「いや、少し遠出して気分転換してくるよ。途中で何か食べるからいいや。」
「そう、、、気をつけて行ってらっしゃい。明日も仕事なんだから、早めに帰るのよ。」


明日も?仕事?

ザラリ、、、と何か動いた気がする。


「じゃあ、いってくる。」
「いってらっしゃい。」

僕は足早に外へ出た。早々に車のエンジンをかけ、ナビに行き先を設定する。何かが変わる前に、揺れる前に、早く早く。

行き先は、見た目は美しい有名な滝。

色々と、有名な。

けど今なら時期的に、観光客も少なそうだ。僕は静寂を求めている。何もない、静寂を。安息を。

何の感情も湧いてこない。

母を振り返りもせず、僕は小声で呟く。

貴女の「いってくる」と僕の「いってくる」は違うよ。だけど「遠出する」のは嘘じゃない。


逝ってきます。



そして僕は


飛んだんだ。


「観察者H」の物語はここで完結。

その後?とは?

3D、或いは4DでのHの物語は終わっています。

別の観察者からは読後に色々と意見も出るだろうけれど、それは当時の、アバターである観察者H、には届くものではないのです。

無論私、K、にも彼の選択を否定する権利はありません。これはあくまでもHという「目」が見た世界。彼の辿った世界線。私が言えるのは、Hはただただ真面目な男性だったという事。外から見れば、不器用でもあったのだろうとも。けれど彼は彼なりに精一杯生きました。行きました。

そもそも、私が出会ったのも、彼の肉体消滅後、ですので。



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