赤ひげ先生18
外来の手術を見ていても、人間の体は精密機械よりも素晴らしく精巧にできているとわかる。
ある時バネ指の手術に立ち合った。
バネ指のは指を曲げ伸ばしする腱が筋膜に癒着してカクカクとしたり動きにくくなってしまうので、くっついている箇所を剥がす。
まだ麻酔が効いているので赤ひげ先生に言われて患者さんが指を曲げ伸ばしすると、傷口からカラクリ人形のように白い2本の腱がたがい違いに動くのが見えた。 毎日何気なく動かしている指はこんなふうに動いていたんだと感動した。
中学の理科の時間にフナやカエルの解剖があった時は、生きているままクロロホルムか何かで麻酔をして切り刻んでいく残酷さを直視できなかったのに、主婦になれば魚もさばくし肉も料理する。 麻酔が効いているうちは痛く無いので、血が出ていても傷口から骨が見えても平気になった。
男の子の頭蓋骨が磁器のように白かったのを今でもはっきり覚えている。
大事故で無残に負傷した患者さんを前にしたらそんなことは言えないが、幸い経験することは無かった。
年に数回、市の休日診療を受け持つと、怪我や熱で やってくる患者さんが増える。
お正月は3日から診察が始まるのを遠くから聞きつけてやってくる。
正月の準備に追われ出刃包丁で怪我をした人や、植木鋏で腕をすっぱり切ってしまった人もいた。
救急当番の病院に行っても、内科医が担当だと診てもくれない。 自分の専門分野でなければ責任が取れないからということのようだった。
「内科医でも消毒して縫合くらいできるんだぞ」と赤ひげ先生は言ったが、日にちが経った傷は縫合すると中で化膿するので抗生剤と痛み止めの薬を出して、そのまま傷口が自然に塞がるのを待つしかなかった。
最近は少しずつ総合診療のドクターも増えてきてはいるそうだが、それを阻んでいる一因が医療訴訟のようだ。
もちろん医療事故では済まないのだが、不可抗力で医療事故が起こるのを恐れて、みんな専門以外には手を出さないというのが現状らしい。
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