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【中小企業診断士の読書録】 情報はまさに生死を決する  堀栄三著「大本営参謀の情報戦記」

中小企業診断士が古今東西の経営に関する本100冊読破に挑戦する記録 -題して「診書録」 49冊め-

■なぜ読もうと思ったのか
 
以前に読んだ「失敗の本質 -日本軍の組織論的研究-」では、旧日本軍において情報を軽視していたことが敗因の一つであると指摘されていました。
「失敗の本質」は、戦後に経営学などの研究者によって書かれたものです。第三者の目から見た戦記という性格を持っています。情報が生死を決する戦場において、当事者として現場にいた人は、情報というものをどう考えて、どう行動していたのでしょうか。
そうした問題意識から、旧日本軍の大本営参謀であった堀栄三氏が書いた本書に興味が引かれました。

■学び
 
<著者・堀栄三氏について>
はじめに、著者の堀栄三氏について簡単に紹介します。著者は戦前の職業軍人で、陸軍士官学校を経て、参謀養成機関である陸軍大学校を昭和17年12月に卒業し、翌年10月に大本営参謀となった、陸軍エリートです。ただし、当時の大本営では、作戦を立案する作戦参謀が主流をなしていたのに対して、著者は情報参謀という、当時では傍流を歩きました。
戦後は、自衛隊に任官し、陸幕第2部班長、駐独防衛駐在官、統幕第2室長を歴任しました。
本書は、戦後40年を経た1985年(昭和60年)に出版されました。
 
タイトルに「戦記」とあるとおり、太平洋開戦直前から終戦までの著者の記録が詳細に書かれています。ここでは、戦記物としての紹介ではなく、中小企業診断士として、企業経営の視点から本書を読み解いてみようと思います。
 
戦記を企業経営に変換するというのは、結構力を要する作業でした。数多くの示唆があったのですが、本稿では、3つの視点と3つのエピソードという形でまとめてみました。その視点とは、①大局観が勝負を決する、②データを解釈・評価する、③データを選び取る力、という3つです。
 
 
視点① 大局観が勝負を決する
 
本書を読んで、「戦さ」を行うにあたって、どこで、どういう戦い方をするか、最初にそのグランドデザインを描くこと、それが勝負のポイントであることを改めて知ることができました。企業経営にあてまめると、まさに経営戦略です。

エピソード① アメリカの戦略
 
本書によると、アメリカは開戦からさかのぼること20年以上も前から、日本を仮想敵国として戦略の研究を始めています。それは、日本を広い太平洋におびき出し、島々に展開する部隊を撃破するとともに、ロジスティクスを担う輸送船団を壊滅させ、最終的に日本本土に対する攻撃・占領を目指すものでした。
 
広大な太平洋で戦うとき、「島が大切か、海域が大切か、それとも空域が大切か」(121ページ)。この点について、日本は、陸軍が島を守り、海軍が「艦隊決戦」という思想のもとで海域を大切したと言えるでしょう。これに対して、アメリカ軍は、空域を制すること、すなわち制空権を握ることに重点を置き、戦いを進めました。より遠くへ、より高く航空機を飛ばすことで、日本軍を追い詰めたのでした。
 
日本軍は太平洋を「海」と見たのに対して、アメリカ軍は「空」という一段高い視点から見たと言えると思います。 
 

企業の戦略においても、自社の戦場ともいえる「市場」をまず決めて、そこをどう見るのか、そしてどう戦うのか、そこが勝負の分かれ目であるというのが、太平洋戦争の戦訓から学ぶ点です。
 


 視点② データを解釈・評価する
 
情報は、ヒト、モノ、カネとならぶ経営資源であると言われます。ここでいう情報とは何でしょうか。こう問われると、うまく説明するのが難しいです。
 
中小企業診断士試験の試験委員でもある遠山暁先生の著書「経営情報論」によると、「情報」とは、事実であるデータを「文脈的意味をもって解釈・評価されたメッセージであり、判断や行為に影響を与えるもの」とされています。
 
データとは客観的な事実であり、あちこちにころがっているものです。データを集めて、それらを材料として、一定の目的をもって解釈・評価したものが「情報」です。そして、情報はその後の思考や行動に影響を与えるということです。
 
データは、人間の解釈・評価というフィルターを通して情報となります。このフィルターの良し悪しが、その後の行動と結果を大きく左右します。経営においても同様で、意思決定者の感度とセンスが重要で、企業を取り巻くさまざまな事実の中から、何を選び、それをどう解釈・評価するかによって、企業のかじ取りとその行く末が大きく変わると言えるでしょう。
  

エピソード② 「マッカーサー参謀」の異名
 
著者は、フィリピンの山下方面軍参謀として、さらには大本営参謀として、アメリカ軍のルソン島上陸の時期と地点、日本本土への上陸作戦の時期と地点を見事に的中させています。そのことから、「マッカーサー参謀」とまで言われるようになりました。
 
アメリカ軍の暗号電文を解読したわけではありません。アメリカ軍すら驚くような予測がなぜできたというと、客観的な事実としてのデータと、その解釈・評価によるものです。
 
予測のもととなったデータは、アメリカ軍の動きです。航空機が発進したときに発するコールサインとあて先、それらの通信量の増減、潜水艦の位置などを丹念に集め、今後どのように展開するかを予想しました。
 
データを解釈・評価するにあたっては、司令官であるマッカーサーになったつもりで、彼が何をしたいかを考えました。いつ、どこで、何をしたいかを考え抜き、シミュレーションをして、上陸の時期と地点を見事なまでに的中させたのです。

視点③ データを選び取る力
 
収集したデータを解釈・評価したものが情報であるとなると、どういうデータをどのように集めたらいいのかということになります。
 
データは無尽蔵に存在し、その中から選び取らなければなりません。意思決定に役立つもの、すなわち情報の材料となるようなデータを集めよということになります。
 
ここで重要になってくるのが、「データを選び取る力」です。それは、ある意味、職人芸とも言えるもので、数多くの経験・体験と、ひと回りもふた回りも広い視点に立った広範な知識によりもたらされるものと思います。


エピソード③ 著者の情報観 -徴候、複線思考、広範な知識-

著者によると、情報には、「相手に伝えたい情報」と「相手に伝えたくない情報」とがあると言います(ここでの「情報」はどちらかというと、データに近いもののように思います)。戦争における情報戦とは、このうち後者の情報をめぐる争奪戦といえるでしょう。著者はどのようにして、敵の「相手に伝えたくない情報」をどう収集して分析したのでしょうか。本書では次のような記述があります。

▶ 「情報とは結局相手が何を考えているかを探る仕事だ。だが、そう簡単にお前たちの前に心の中を見せてくれない。しかし心は見せないが、仕草は見せる。(中略)いろいろ各場面で現れる仕草を集めて、それを通して判断する以外はない」(19ページ、職業軍人であった著者の父の言葉)。

▶ (大本営のソ連課では)権力の中枢の考えている意中が、ソ連国内のどこかに、何らかの形で徴候として出ていないかを虎視たんたん克明に探して分析していく。(中略)ソ連課は常に疑っているので、1本の線で見ないで、他の何かの情報と関連があるかどうかを見つけようとする。したがって2線、3線の交叉点を求めようとしていた(50~51ページ)。

▶ 情報の任に当る者は、「職人の勘」が働くだけの平素からの広範な知識を、軍事だけでなく、思想、政治、宗教、哲学、経済、科学など各方面にわたって、自分の頭のコンピューターに入力しておかなければいけなった(259ページ)。

■次のアクション
 
太平洋戦争では、各地で熾烈な戦闘が行われ、民間人も含めて数多くの人々が犠牲になられました。戦争を知らない世代である私が、その戦記をもとに、こうやって企業経営の視点からとらえて文章にしてよいものか、正直ためらいがありました。
しかし、著者は、まえがきの中で、本書について、企業・政治・社会生活の分野や組織で情報に関係する人びとにとって、それなりの示唆を与えるものだと述べています。悲惨な戦場を目のあたりしてきた著者からの後世の人びとへのメッセージだと理解し、情報の部分を切り出して、その学びを紹介することにしました。
経営資源としての「情報」については、その言葉の曖昧性、多義性により、なんとなく漠としていました。戦場という生死を決するという究極の場面でのケーススタディを通じて、「情報」というものの意味・価値を学ぶことができました。
あの悲惨な戦争を決して繰り返してはならないと決意するとともに、著者のメッセージを頭に置いて、経営における情報の価値について、さらに深く学んでいきたいと思います。
 

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