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マリア様はご機嫌ナナメ 32 マリアのボーカル

 この年はしのぶさんは国営放送の長編ドラマの主役の仕事が忙しく、番組は麗子さん、マリア、そして僕の三人で運営した。一つ新しくなったのは新しくエーディのアルバイトが加わった。青田君と言って東北、仙台の出身で朴訥とした青年だ。もちろん早稲田の学生だ。作家の井上ひさしさんを尊敬すっる文学部の一年生だ。正直言って嬉しかった。番組の準備は忙しいし、スタジオに入って麗子さんとマリアを相手にお喋りをしなければならない。飛び込みでレコードのリクエストが入ったら、とても取りに行けなかった。

 「お~い、青田ちゃん」
僕の呼ぶ声はいつの間にか浅田さんのそれに似てきた。
 僕と青田ちゃんはいろいろな企画を立てた。なかなかそれが難しかった。

 「進堂ちゃ~ん」
来ました浅田さんお恐ろしい呼びかけ。
「年末の企画どうしよう。何かアイデアはある?」
クリスマスの時期はレイティング調査もあるので各局とも必死だ。
「しのぶさんには無理言えないし。かといってボーカル無しでマリアのピアノだけではもたないしな」
僕は率直な意見を浅田さんに言った。

 「マリアちゃん、歌えない?」
いつものことながら浅田さんの考えはぶっ飛んでいる。音大の女学生のマリアにジャズの伴奏をさせるのも勇気がいった。ましてや歌を歌うのか。

 マリアに相談するといとも簡単に、
「いいわよ、面白そう」
僕は慌てて、
「歌たことあるの?」
「だって、いつもしのぶさんの歌を聴いているから」
大丈夫かなと思ったが他に良い企画が無かったので浅田さんにやることを伝えた。「音大のジャズの好きな先生としのぶさんにも相談すると良いよ」

 僕とマリアは音大の先生のお宅へ通った。勿論、麗子さんもくっついて来る。時々しのぶさんも加わる。大体想像はつくと思う。

 「クリスマスに歌う進堂マリア」

タイトルは決まった。新聞のラジオ・テレビ欄にも華々しく書き垂れるし、週刊誌の取材は来るし、だんだん盛り上がってきた。マリアも麗子さんも取材を受けて上機嫌だ。
「おい、おい。暴走するなよ」
僕は二人を眺めながらブレーキ・ペダルを踏んでいた。
 
 結果的に言うと、その日のライブは成功だった。マリアの声は元々、低くてドスがある。それが低音の魅力となり、時にはシャウトもする。
 観客を入れての公開放送だったので午後九時には収録が終わった。
「進堂ちゃん、今日はもうあがって良いよ。後は青田ちゃんと送り出しするから」

 麗子さんは僕とマリアを銀座のフレンチ・レストランに誘った。
「あ~やっぱり、マリアちゃんにはかなわないわ」
麗子さんはため息交じりで呟いた。
「そんなことはないわよ、麗子さん。私なんか即興でやってるしみんなのアドバイスが無ければ出来なかったわ」
そう言いながら、アリアは高級フレンチをほうばってた。

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