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マリア様はご機嫌ナナメ 12 桜散る四月は

 クリスマスを境にして、ヒナコは僕を「カイ」と呼び捨てにするようになった。僕も「ヒナコちゃん」ではなく「ヒナコ」と呼び捨てにするようになった。
 マリアは「オイ」、「コラ」、「オマエ」と罵るような呼び方で僕を呼ぶのを止めた。
 僕たちは無事に高校二年に進学した。貴重な春休みもあと数日になったある日、僕たち三人はいつものようにヒナコの家の応接室で勉強と称してバカ話をしていた。 
ヒナコのママがお手製の焼き菓子といつもの特製コーヒーをお盆に乗せて入ってきた。
 「ヒナコ、あんたも二年生でしょう。絵ばっかり描いてないで、少しは将来のことも考えてね」
「マリアちゃんは偉いわ。ピアノを本気でやるんですってね。芸大の先生のレッスンを始めたんでしょう」
僕はマリアを見た。彼女はいつものように唇を尖らせて、
「ん。まあ」
と答えた。相変わらずのぶっきら棒だ。

 「カイ君は勿論大学進学でしょう。阪大、それとも京大?」
ヒナコのママはさりげなく言うけど、大阪大学や京都大学に入るのがどれだけ難しいのかこのママは分かってないようだ。それに、最近本屋のバイトの合間に小説を読み始め、漠然とだが物書きか編集者になるのも良いなと思い始めていた。でも、そのためにはやっぱり東京の大学、ズバリ、早稲田へ行きたいと思い始めた。
 
 しかし、家は貧乏でとても東京で下宿して学費の高い私立へいけないのが現実だ。何も東京へ行かなくても文学は出来るさ、と人は言うだろう。でも、やっぱり早稲田なのだ。

 僕は曖昧な笑い顔でヒナコのママに答えた。
 「僕は本を創る仕事がしたいなと最近思い始めたんです。決して本屋でバイトして本ばっかり読んでるからじゃないんです。だけど、才能が果たして僕にあるのかと悩んでるんです」
 ヒナコのママが去ったあと、マリアが僕に訊いた。
「カイ、本気なのか?」
「ああ、まだぼんやりとしてるけど、本気や。でもうちは家は貧乏やろ、オカアチャンが働か無くても済むようには、やっぱり堅いサラリーマンになるのが良いのかな」
けっこうまじめな顔で僕はマリアを見た。「私も養ってくれるの?」
と言いたげにマリアは胸のペンダントを握りしめながら僕を見つめた。その場の空気が湿っぽくなった。

 ヒナコは無邪気に、
「私、四月が大好き。春が来て、世の中がパッと明るくなるでしょう。こう、何か新しいことが始まるって気分」

 僕は四月があまり好きでは無い。新しい出会いがある一方で何かと別れ無ければならない季節だから。ちょうど、桜が散っていくように。
 遠くを眺めながらひとりそう思っていた。マリアは下を向いたままだった。多分僕と同じように感じてくれてるのかな。

 新学期が始まった。僕は学校、本屋のバイト、そしてヒナコとの勉強。マリアは毎日ピアノのレッスンが有って、勉強会から抜けた。いつも三人でいたのに一人欠けると拍子抜けするもんだった。勉強を終えたら、いつもはヒナコのママの作るおいしい夕食を三人でいただいていていたのだが、僕はそれを辞退して本屋のバイトへ行くことにした。焼け石に水だけど、少しでもお金を貯めて来るべき日に備えたかった。

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