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【くるひか】4.救急車は聞かずに呼べ

ボクサーは試合中なぐられるとき痛いけど、試合の後も殴られたとこ痛いはず

さっき痛み止めの点滴が終わって、主人がキッチンカーで迎えに来たんだけど
「点滴効いた?」
「うん、今回よく効いた。抜くとき失敗されたけど」
「もう痛くないなら、何でキツそうなの?」
「毎回伝えてるんだけどっ、痛みと闘うことに疲れ果てててっ、キツいのっっ」
「ほえ?」
とっさに上手い例えが出てこなかったけど、このボクサーの例えなら、今度こそ、分かってくれるはずっ
毎回ほえ?ってなんなっ!んもー!!

「あなたこの運転されてた奥さんの旦那さんですかッ!?突然加速してうちの妻に追突して、しかもブレーキを、私が窓を叩くまでかけなかったんですよッ!?」
主人が、私に追突しても動き続ける車を止めようと大声を出した、あの大声のまま、代わりに答えてくれた
「な、なんてことを! …って、あれれえ?おっちゃん、お好み焼き屋のおっちゃんじゃないですかあ?赤中の頃よく行ってた、わあ、なつかしいなあ!」
(お い こ ら)
「え?赤中の生徒さん?」
主人は私と知り合う以前、住居のある赤崎中学校区内でお好み焼き屋をやっていた
「ええ、もう20年くらい昔になりますか」
奥さんが横目で、突拍子もない話をし始めている旦那さんを、普通の顔で見ながら黙っている
こちとら痛い
でも娘の命を守ったという奇妙なハイテンションでもある
立って歩けないそうにないくらい痛いのだけど、波のように何度も何度も襲いかかる恐ろしさから逃れるべく、横断歩道終わりの右斜め前に駐車されていた主人の白い軽ワゴンに乗り込む
耳鳴りのような甲高い音
全身ガクガク震えて、いったん眠ってしまいたい
娘は泣きやんで、主人に抱かれて、怖かったと怒っている
「あ、もう警察は呼んであるんですか?」
窓越しにくぐもった話し声が聞こえ、私は耳をふさぎたくなる
いつだって主人の客商売のせいで、私は言いたいことが言えなくなる
「呼んでなかったみたいで。今警察呼びます。あ、救急車はどうしますか?」
運転手から主人が聞かれて、主人が私に
「救急車どうする?呼んでもらう?」
開け放した後部座席のドアから差す光が遮られる
「痛い…から…いい…」
私の声は自分でもびっくりするくらい震えていた
「痛…くて…救急車…来ても…歩け…ない、歩けない…から…乗れ…ない…」
このときは本気でそう思った
主人の息子は救急隊員をしているこんなところで出くわしたら、同じ赤中の同じ世代で更に盛り上がって意味不明な会話にイライラさせられるかもしれないとも思った
実際相手はのんきにお好み焼きが美味しかった話をちょいちょいはさんでくる
しかもこの辺鄙な田舎の県営アパートに引っ越してくるまでは、私の実家の目と鼻の先に住んでたらしい
まじか
もっっっのすごく悪態つきたいけど、主人と結婚して10年、接客業的な愛想の良さが身に染み付いてしまっている
外界が怖いし、でも相手にキレることも出来ないし、小さい娘は無傷だし

ずっとあと、そのころ免許取り立てだった大きいほうの娘にこの"救急車呼ぶ呼ばない問答"の存在を話したら
「事故を起こした加害者が救急車を呼ぶのは義務なんだよ。選択肢与える側とかじゃないんだよ。ムカつく」
と素直に怒ってくれて
ああ、あれはなんだか胸がスッキリしたなあ

あの加害者、本気で宇宙人だったのかもなあ
シンジラレナイコトバカリアルノ
宇宙人だと気づくまで、1年くらい時間がかかる

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