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プロボックスハイブリッドin雪国
(3800文字くらい)
以前、職場に面白い男がいた。
漆塗りの職人で腕もよく、飛騨弁で言うところの「やんちゃ」なところもあったのだが、バイクとかクルマが好きな奴で、私とも気の合う仲間だった。
彼は以前スズキのGSX-R1100という大型スポーツバイクを乗り回していたのだが、雪国では冬乗れないということでクルマに転向、最終的には私の知り合いからホンダ・シビックSIR(EG-6)を譲り受けて乗り回していた。
そのシビック、私も何度か乗ったことがあるのだが、強化クラッチが入っていてペダルが死ぬほど重い上に、いわゆる「半クラ」の領域がほとんど無い。要はゆっくりソロリと発車させることが極めて困難で、慣れないと常に「キャキャキャ」とホイールスピンをさせながら発射するという、一般公道ではまことに扱いにくく危険なクルマであった。
そしてこの地は雪国なのである。
雪道でのクルマの発進は極めてデリケートに行わなければならない。
つまり、発進時にアクセル操作を乱暴にやると、ホイールスピンして摩擦係数が下がり、さらにはその熱によって水膜が生成されて前に進まなくなって立往生することがあるからだ。雪道での強化クラッチなぞ百害あって一利なしなのだ。
静止摩擦力と動摩擦力という、高校の物理を日常生活で実体験しているのは間違いなく雪国の民をおいて外はない。雪道を歩く場合もそうだし、クルマのアクセル操作はじわっとナメクジのように行わなければならないのだ。(ナメクジは自動車評論家の清水草一氏の表現)
だが彼は、そんな極めて乗りにくいクルマであるにも関わらず、雪道でハマッてみんなに押してもらうなんてことは一度もなかった。
ついでに言うと彼は、その塗装が剥がれかけたシビックを自力で全塗装すると言い出し、やってはみたものの、かなり残念な仕上がりとなってしまった。
「チャンピオンシップホワイトにしたのだが」
どこから見てもそれは敗者の色でしかなかった。
そしてその後、廃車となった。
あるとき彼は、昼前に突如こんなことを宣言した。
「今日の昼メシは食いたいものだけを存分に食う」
何を思ったのか彼は正午になるとすぐ、改造車でコンビニに向かい、レジ袋を提げて戻ってきた。
中から出てきたのは何と、ブルジョアが選択する高い方の高級肉まん2つと、フライドチキンが2つ出てきた。以上4点である。それ以外は無い。
おお、なんという不埒な買い物。ドン引きするレジ係のおねーちゃんの顔が想像できる。ふ、ふたつづつですか。ほほんとによろしいですか。
仮に肉まんとフライドチキン1つづつであったとしても、普通そこには背徳感のようなものがあるではないか。まあどっちかにしとくか、みたいな。
それがよりによって2個づつ!である。これはもはや二郎系か家系かと言わんばかりの悪行三昧だ。
あっけにとられている私を尻目に、彼は旨そうにムシャムシャ平らげると、何事もなかったかのように仕事場に戻っていった。別段彼はBMIがどうとかいうことはなく、完全に痩せマッチョタイプなのだ。
私にとって、この出来事は少なからずショッキングで、その後の人生を大きく変えることになる。肉まんとチキンによって。大袈裟か。
脱線しました。
私はスポーツカーが大好きである。
どれだけ好きかと言うと、以前かみさんの妊娠が発覚した直後に2シーターのオープンカーを買ったので、「バカかおまえは」と周り中に言われたことがあるくらいだ。
そういう者が家庭を持ち、あろうことか雪国に住んでいると、クルマの選択に非常に困るのである。そこに答えはないし、もちろん金もない。
長年雪国で、冬場は毎日雪道の運転をしていると、乗っているクルマが雪道向きかそうでないかの違いが分かってくる。
一口に「雪道に強い」と言っても色々な捉え方があって、雪の悪路や急坂での走破性を求める性能と、ある程度のスピード(法定速度)でも安心してコントロールできる性能は分けて考えるべきだと思う。
また私は、電気自動車(BEV)を所有したことがないので、大きな声では言えないのだが、ああいったクルマで暖機運転(暖房)をした場合の電費とか、極低温下でのバッテリーへの影響とかはどうなんだろう、という疑問がある。
今時のクルマは暖機運転なんかいらないということは分かるのだが、実際問題降りしきる雪の中、窓はガリガリに凍り付き、ドアもバキバキ言わせながらこじ開けて、さらに周りの雪をスコップでどかしながら何とか発進しようとする時、暖機運転はいらないなどという言葉は全く意味を持たなくなる。
そういう場合、本当に必要なのは熱なのであって、CO2排出量削減ではないのだ。
私は現在、トヨタ・プロボックスハイブリッド(6AE-NHP160V)を所有しており、走行距離は5万㎞を超えた。ハイブリッド(以下HVと表記する)はFFのみで、四駆のラインナップはない。
以下は雪国在住である私個人のクルマの感想。興味のない方はつまらないです。オチもありませんので悪しからず。
・選択した理由
① 一度、トヨタハイブリッドシステム(THSⅡ)というものに乗ってみたかった。エンジンとモーターとタイヤを遊星ギアで直結しただけのシンプルな構造だが、制御が鬼困難である唯一無二のパワートレインに、純粋な興味があったから。みんな乗ってるけどね。
② すごく安い
③ 軽量で高剛性
④ 割とカッコいい(と思う)
・走り
結論から言うと、雪国での使用はお勧めできない。
特に雪道での坂道発進は今まで乗ってきたFF車の中でも最弱クラスだ。理由は色々あるのだろうが、タイヤが貨物用の155-80-14と極細な上に、スタッドレスも高加重対応でコンパウンドが鬼固いことが大きな原因と思われる。乗用車用のタイヤにしてみたいのだが、ロードインデックスが足りないので車検に通らない。幅が広ければ広いほど数字は上がるので、入るのであればクリアできるのかもしれない。
巾がせまいということは、スタッドレスだろうが夏タイヤであろうが、当然絶対的なグリップ力は低く、特に限界を超えやすいウエットな路面だと、割とあっさり滑りはじめる。実用上問題はないが、調子に乗っていると痛い目にあいそうだ。
また、ハイブリッドは雪道発進に強いという思い込みもあった。
以前、ホンダのアコードハイブリッド(FF)に3年ほど乗っていたことがあって、意外や意外、雪道でのトラクションの強大さに驚いたことがある。モーターの低速トルクの強さは雪道の発進時に大きな恩恵をもたらしていたことが大きい。あのクルマは雪道全般強かった。だが、それがそのままハイブリッド=雪道発進に強い、というのは早計だった。
プロボックスHVのモーターは、期待するほど強くない。
私は毎日プロボックスHVで雪の急坂を登るのだが、トラクションコントロールを手動OFFにしないと登り切れないことがある。つまり、発進ではなく走行中は駆動輪を無理やり空転させてやった方が登れるのだ。OFFにしてもちょっとすると勝手にONになるので、毎回OFFにしなければならない。超不便。知らない人は登れなくてしょっちゅうブチ切れていると思う。横滑り防止装置の装着義務?余計なお世話。いらない機能をつけないでほしい。
四駆を買う人のほとんどは、年に何回あるのか分からない「ヤバい」時のための安心を買っているようなものだと思う。
だとすれば、わざわざ二駆を買う人はそれなりの覚悟を持っているということなので、あえて言う必要もないのだが、プロボックスHVだと二駆しか選べないというところが悲しいかな、二駆のなかでも相当雪道は弱いんだよ。
ただ先ほども述べたように、雪道で「はまらない性能」とかではなく、法定速度での雪道巡行なんかだと極めて安定した走りを見せる。
特にドライな路面の高速道路は本当に疲れ知らずで、300㎞とか400㎞くらいはノンストップで走り切ってしまえる。
これがプロボックス最大の美点であり、「公道最速」とか「納期とクレームのツインターボ」と揶揄される所以なのだ。
ただ、たまに、「これはもはやスポーツカーだ」などと言う人がいるのだが、プロボックスHVは間違ってもスポーツカーなんかではない。
反応のにぶいステアリング、微妙なコントロールが全く利かない軽すぎるブレーキ、踏んでも3テンポ遅れてようやく反応するパワートレイン。
もちろん左足ブレーキなんて受け付けるはずがない。
どれをとってもガッカリなのである。
でも、このクルマにそんなことを求めてはいけない。
こいつは、超絶コスパGTカーなのである。
現場まで、客先まで、余計な疲労を与えずに最速で運んでくれる格安GT。
そしてプロボックスはそこいらじゅうで見かける。
最近はカスタムをして楽しんでいる人も増えてはいるが、大半はストレスにさらされる営業マンか、しんどい現場に向かう肉体労働者や現場監督だ。
彼等が唯一安息できる場所。それがプロボックスなのだ。
本当によくできたクルマだ。私自身、次のクルマはもう一度プロボックスでもよいのではないかと本気で思う。色々と難癖つければキリがないのだが、それ以上の魅力にあふれたクルマではないか。
最後に栄誉ある称号をプロボックスに与えて終わりにしよう。
・・・社畜の棺桶。