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鋸 その3

もはやシュルレアリスム絵画の世界である。
大根に食い込んだ鋸と炎で炙られるコミ。
一体何をしているのかって?
今まさに、鋸の「柄」を挿げこもうとしているのさ。

                      (1500文字+画像)
つまらないことを、昔のことでもよっく覚えている私は木工を始めた修行時代、師匠にこんな面白い話を聞いた。
「鋸の柄を挿げる(すげる)ときは、コミ(鋸の柄に入る部分)を火で炙って柄に焼き入むんだよ。だけど、あんまり炙ると肝心の鋼の方の焼きが戻るだろ?どうするかって言うと・・・川久のじいさんはダイコンを切って鋸を食い込ませておけば熱くならないって言ってたが本当かな」
(川久は高山市本町にあった刃物店)
炙って熱を持ったコミは柄の穴の内部を焦がしながら侵入し、鉄と木部が固着することにより抜けなくなる。だが、コミを炙りすぎて刃にまで熱が伝わると、せっかく鍛冶屋が焼き入れをして硬度を増した鋼がナマクラになってしまうのだ。そのため、刃の部分だけ冷却する必要がある。
のだが、実際にやってみるとよっぽどバカみたいに炙らなければ、わざわざ大根役者に登場してもらわずとも問題はなさそうだ。
半分冗談みたいな話を「実際にやってみた」だけです。
一応、大根のpHは6だということなので、よっぽど刃がサビることはないだろう。レモンだと一撃でサビるらしいのだが。
形状といい、pHといい、丁度良いのが大根だということだ。話としてはよく出来ている。

「わざわざそんなことしなくても、ピンでも打っときゃ抜けないだろ」
とお思いだろう。
日本刀だって、「目釘」と呼ばれる引っかかりが付いているのだが、日本の大工道具ってのは・・・そんな野暮なことは一切しないんだよね。
そりゃ武士が刀で斬り合っている最中に柄がすっぽ抜けでもしたら、それは即ち死を意味することなのだから、万にひとつでもあってはならないという意味で引っかかりをつけるのだろう。すっぽ抜けて斬られちゃいましたとさ。悲喜劇防止策である。
だが、日本の大工をはじめとする職人は、道具の柄にあえて引っかかりを付けない選択をした。これは、日本の職人固有の美学である。
玄能でも鉞でも、何でもそうなのだが、そこらで売っている素人向けとか外国製の「柄」には、抜け防止のクサビが打たれている。

スウェーデン斧の柄の先。木のクサビ+鉄のクサビの2重構成で盤石な面持ち。
材はヒッコリーである。

だが、日本の真っ当な職人が使う道具の「柄」に、クサビなどという野暮なものは打たれていない。ただ木が刺さっているだけである。
もちろんそこには周到な技術が内在しているのだが、残念、それを語り出すとキリがないので割愛する。
ただ、そこには技術技能という面だけでなしに、「もしも抜けるようなことがあったら、それは職人として赤っ恥をかくことになる」という戒めでもある。玄能が飛んできてクリティカルヒットすれば死人が出るかもしれない。そう。常に道具の手入れを怠るなよ、という戒めでもある。
自分で言っておいてなんだが、穴があれば入りたい。

さて、ここまでいい加減引っ張りすぎなので、珍しく行程の画像でお茶を濁すことに致します。

コミが入る穴を掘ります。
接着したところ。
機械で荒削りをしたところ。
反台鉋(凹んだところを削る鉋)で最終的な形へと削ってゆきます。
断面。上面を平らに、下面をすぼませて握りやすくしてみた。
柄の完成。末端の方が3mm下方に太くなり、上端は若干凹ませている。
あぶる。そして・・・
おりゃあああああああ!煙が出ます。
蔓巻いてませんが、とりあえず完成!

それで、問題はちゃんと切れるか、使えるかが問題なんですよね。

ところが。

綺麗に切れない。
妙な振動が大きく、断面にもその痕跡が現れる。

ここは・・・あのお方の力を借りるしかないのか。

その4へと続く。
(終わりが見えません)

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