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老化

                       (2800文字くらい)
心は少年、体は壮年。
名探偵コナンと真逆な状態。
ピーターパン症候群?
いやいや、ある時を境に年を認めましたよ。

それは義歯、つまり入れ歯を装着しなければならなくなった40代半ばのことだ。この時、一度に3本の奥歯を失った。
失ってみて当たり前のことが分ったのだが、歯というものは上下のセットで成り立っているということだ。つまり、下あごの3本を抜歯した私は、6本の歯を失ったことに等しい。
いや、びっくりするほど噛めないんですよコレが。
自分で言うのも何だが、歯は相当キレイにしている種族だと思っている。
歯医者の定期健診に行けば決まって「キレイにしていますねー」と言われ、汚れが残っているなど指摘事項があれば徹底して改善する。
それでも若くして?3本失ったのは、食べるのが超遅いと言われるほど極めて入念に咀嚼する習慣と、フリークライミングとか歯を食いしばる系のドM遊びをやっていたことが原因と思われる。

入れ歯になってから頭部顔面に装着しなければならない器具がまた増えた。
例えばスキー。
まず入れ歯。これがないと踏ん張りがきかない。ノー義歯では自前の歯に負担がかかりすぎて、へし折れる危険がある。
次にコンタクトレンズ。これがないと確実に遭難する。
バラクラバ(目出し帽)。鼻が凍傷になってもげる。
ヘルメット。ノーヘルで滑っていたら、大ゴケしてツインチップの反りあがったテールの先が後頭部を直撃。血まみれ&そこだけハゲができている。
ゴーグル。失明する。
これで都合5点。
その上、Goproとか付けたら、一体どんだけアタマにモノ付けてんだよという話になる。誰か、ベイダー卿のマスクのようなオールインワンを作ってもらえないだろうか。「コーパアー、コーパアー」と呼吸の補助をしてもらえればなお有難い。気に入らないスキーヤー、ボーダーはストック型ライトセイバーでメッタ斬り、遠くにいる奴もダークサイドのフォースでもって首を絞めて人間マッシュの土台にしてやる。

ダースベイダーのテーマ🎵ぎゅーにゅーとーコッペパーンコッペパーン

「私はお前の父親だ」
「ギョエー!マジか!」
「共にパウダースノーを支配しようではないか」
「やなこった!」
「You don't know the power of DARKSIDE!]

ま、それはよいとして。

薄毛、老眼、体力減退まではまだ屁理屈で押し通していたものの、さすがに入れ歯と来たところで遂に引導を渡されたような気がした。
もう若くないんだ。
ジジイの仲間入りだ。
これで雪の中ではしゃぎまくって、いい年こいてケガでもしたら、いい笑いものになりそうだ。
・・・
いーやイカン!
かの三浦雄一郎氏を見よ。父親の敬三氏なんか100歳になっても滑っていたというではないか。
富士山直滑降。
ふじさんちょっかっこう?
ああカッコよすぎる。そのあまりにシンプルで潔い響きが。
俺様はまだアラフィフ、三浦氏に比べれば鼻たれ小僧レベルではないか。

ここ数年、子どもとマラソン大会に出場している。
そして実は、今日がその当日なのだ。
大会といっても出場するカテゴリーは、お遊びみたいなもので距離は2kmなのだが、やはりエントリーすることに意義を感じている。
スキーシーズンをも見越してトレーニングをするのだが、毎年花粉症が収まる5月くらいから毎朝週4で子どもと一緒に走っている。
上の子には今年ついに追い抜かれた。
下の子はまだまだ私の方が速い。
とは言っても、子どもがある程度の距離を走る場合、その速さなんてものはヤル気のあるなしで、いかようにも変わる。
普通の子どもは、長距離を限界まで攻めてみようなんてことはまず思わない。これが同世代の子ども同士であれば本気になるのであろうが、親が無理やり走らせるトレーニングなんて大体はかったるそうに、テキトーに走るわけだから本来の能力なんて分かりゃしないのだ。
やっぱり、子どもは子ども同士で競い合うのがイイ。遊ぶのも。
なので、メニューとしては飽きないように、単距離とか自転車とかを織り交ぜながらこなすようにしている。
特に単距離はちゃんとタイムを測ってあげると、ゲーム感覚で楽しんでくれる。
走る場所は田んぼの中の農道。
たまに近所の農家さんが軽トラでトロトロ走ってくるくらいなので安心だ。
50mの距離は、巻き尺で測り、道路脇のフェンスにテープで目印をつける。
そこをストップウオッチで計測するのだ。
掛け声も、ヨーイ、ドンではなく、
「オンユアマーク」
「セッ」
「バーン」(口で言う)
と本格的にやった方がよろしい。
こうして一日が始まる。

去年、上の子のタイムはなかなか8秒を切れなかった。
「8秒は切らないとダメだよ」
「そんなこと言うなら、父ちゃん走ってみなよ」
「いいよおー、いいよおー、8秒なんてチョロいよ」
私は7秒台の記録をたたき出し、子どもから羨望の眼差しで称えられるシーンを想像してニヤニヤした。
こんなことを書いていると、まるで私はバリバリのアスリートだったのだが、今現在ちょっと年食って落ち目になっている体(てい)を読者の皆様は想像なさるのかも知れないのだが、全然そんなことはなくて、小学校の時のマラソン大会なんかは後ろを見たら誰もいなくてビビッたことがあるくらいの運動オンチなのだ。
だが、8秒というのは私の記憶から察するに、それほど難しいタイムではないという思い込みがあったらしい。

「セッ」
「バーン」

私は快調に飛ばした。腕を振れ、膝を上げろ。
加齢がなんだ。老化がなんだ。俺様はまだこんなに華麗な走りができる。
50mなんて一瞬だ。
ゴールの直前で、トップアスリートがするように、アタマをぐっと前方に押し出して100分の1秒を短縮することに成功した。
息が切れる。タイムは?子どもが握るストップウオッチに注目する。
だが、なにか困惑している様子。
「オイ、何秒だよ!」
「・・・10秒78・・・・」
え?ええええー!何かの間違いでは?!

「ギャハハハハ、おめーそんな走り方じゃダメだらあー」
気が付けば、田んぼの中からトレーニングの一部始終を見ていた農家の爺ちゃんが、私の方を指さしてゲラゲラ笑っていた。
この瞬間、半透明になっって灰のようになっった私は全てを理解した。
「老化」
数字というものはあまりに残酷だ。
7秒台だと思っていたのに、なんと10秒台後半とは。
こんな体たらくでは、パウダーの争奪戦に、いけ好かないスノーボーダーの後塵を浴びるに違いない。修行が足りないのだ、修行が。

ああ、こんな下らないことを書いているうちに、マラソン大会のゼッケンを受け取りに行く時間になってしまった。
今年も恐らくハンター逃走中のハンターとか、マツケンとか、ヘンなコスプレの吸血鬼とかも出場するのだろう。
きゃつらには負けたくないなあ、というか、子どもと走るのだから、子どもには負けないようにしよう。
あと1年かそこらで、負けることは確実なのだから。
せめて、「あたしより速かった頃の父親」を演じて見せよう。
外は・・・う、さびっ。

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