仕事が出来ない劣等感が刺激された日。
「つらい」
ここ数日、このような状態が続いている。
話を聞いてもらって楽になったかと思えば、また落ち込む。話を人に聞かせないと楽になれない自分に落ち込む。もう救いようがない。
こういう時は、地元の高山にでも行きたいのだが、よりによって明日は雨模様である。今日は天気が良かったが、自分の資格職に関係する研修会があったため、13時には自宅待機だった。何度シミュレーションしても13時に自宅に帰ってくるビジョンができなかった。
(地元の高山は往復で8~9時間。そこから車でさらに1時間なので、例え3時起床、4時に登りはじめ、ほぼノンストップでいったとしても絶対に研修会に間に合わない)
じゃあ低山で、とはならない。何故なら熊と蜂が怖いからである。
オンライン研修会なので、スマホさえあれば車中でも受けられただろうが、さすがにそれは出来かねる。オンデマンド配信を狙うという選択肢もあったが、仕事より趣味を優先すると、私の性格上その後が崩れるため、諦めた。昨今、デジタルやオンライン、タイパが謳われるが、最終的には昔ながらの対面式研修会が一番集中できるし、勉強になる。
さて、何がしんどかったかというと、私にもわからない。
ただ心の中にずっとひっかかっているのは、「私はみんなと同じようにできない、無能な人間である」ということだ。
きっかけは、呆れられるかもしれないが職場の表彰式だ。
うちの職場は仕事内容はともかく、福利厚生等についてはかなりしっかりしており、今の条件で働けているのであれば、多少の人間関係くらいなら我慢できるレベルだ。10年以上勤める職員が多い。
そんな表彰式に、お祝いする側として呼ばれた。大抵は若手が出席するのだが、今回は人数の調整がつかなかったのだろう、なぜか私に声がかかった。
幹部のお祝いの言葉をしんみりと聞いて、お祝いして、帰りの道中に精神的に凹んだ。もうここ数か月なかったぐらい凹んだ。
「私はみんなと同じようにできない!! 一生懸命働けない!! 積極的に頑張れない!!」
思春期のような悩みである。しかしこれは一番最初に就職した会社のころからある悩みだ。
「みんなと同じようにできない」
他の人はどうやって仕事の課題を見つけてこなしているのだろうか?
私には課題が見つけられない。
仕事の効率化をどうやって考えているのだろうか?
私には方法が分からない。
きっと誰かから学ぶのだろう。先輩だったり、上司だったり。
私は?
私には、直接となる先輩も上司もいない。学生時代の知り合いに連絡を取って聞いてみても、明確な答えにたどり着けない。
「一生懸命働けない」
毎日仕事には行っている。惰性にも近くなってきた。問題ばかり出てきて一つ解決したら三つ出てくる。そんな状態だ。
「積極的に頑張れない」
こうだと思ってやってみては裏目に出て、その裏目を次に改善しようとその裏をかいたらまた失敗する。改善しようとすると改悪にしかならない。やればやるほどドツボにはまる。次第に「やることそのものが間違い」であると何もする気になれない。
そんな日々の職務の中での劣等感が、表彰式の幹部のお祝いの言葉で悪い方に刺激された。
前述のようなことを母に訴えても、「お祝いの席で悪いことなど言わないだろう」「悩みすぎるのがあなたらしさなんだから」「疲れているのだ、仕事を抱えすぎてオーバーワークなんじゃないか?」と私にしてみれば見当違いの慰めをもらった。
違う、そうじゃないんだ。
何で私は何もできないってことをわかってくれないのか。
誰だって悩みたくないだろう。でも「ま、いっか」で流すこともできない。
「性格」「あなたらしさ」で片付けられたくない。それは直さなければならない私の「悪癖」だ。「そんな私」はいらないのだ。
私はオーバーワークなんかじゃない。順序をつけて、効率化を図ればできるはずなのだ、私がまだできないのは、私が注意力散漫だからだ。
足りないのなら工夫しないといけない。考えないといけない。
そう思えば思うほど涙が出てくる。
またカウンセリング先を探さないといけないのか? それとも精神科を探すか? 嫌だ。だって病気じゃない。ただの性格と言われて代金払って終了だ。自分で治さないと。倒さないと。乗り越えないと。
生理が近い? だから何だ。他の人はゆっくり休めばいいけど、私は駄目だ。ホルモンバランス如きに負けてなるか。
私はどんな「答え」が欲しいのか?
それもわからないまま、布団にくるまって泣くしかないのだ。