ユメノグラフィア撤退から考えるVRビジネスの難しさ
黒字での撤退宣言
ANYCOLOR株式会社(旧いちから株式会社)がサービスを提供していたVRコミュニケーションサービス「ユメノグラフィア」は、2021年末をもって終了となった。
このサービスは、VR機器を介して「キャスト」と呼ばれるキャラクター担当のスタッフとサービス利用者が1対1の交流を行えるというものだった。内容としては画期的であり、またキャストがYouTubeで配信活動を行っていたこともあってか、そこそこに知名度を獲得することに成功していた。
が、昨年の11月に突如サービス終了の告知が行われることとなり、そのまま翌月30日にはスケジュール通りの終了となってしまった。利用者はもちろん、にじさんじなど同社系列の配信者を通じてサービスやキャストの存在を知っていた人達に衝撃を与えたこの出来事。一部の心ない批判や邪推がSNS上に流れたりはしたが、それ以上に衝撃的であり、印象的だったのはこの文言だろう。
採算が合わず、赤字運営となったサービスを早期終了させるということは往々にしてあるが、「想定の成長曲線を描くことが困難」という理由を出してくるのはかなり珍しい。
あれこれ試してからっきし駄目だったのであれば、速やかに撤退を決断するというのはベンチャーとして堅実な判断だろう。しかし、この言い方をわざわざ含めるというのは、会社から見て「事業としてそこまで悪い状況ではなかった」ということになる。
実際、ユメノグラフィアの運営については飛躍的な成長でないものの、黒字と呼べる状況を維持していたという。また、告知時点でのキャストの活動人数を見ても、既に実験的な取り組みの範囲を超え、明確に実態を伴う業務として運営の規模を確保していたことが伺える。
では、ANYCOLOR株式会社はなぜこのサービスから手を引くと決断するに至ったのだろうか。あくまで推測ではあるものの、『成長曲線』という言葉を字面通りに入れるなら、「サービスの規模や収益をこれ以上拡大できないことが明白になった」というのが主な理由だと僕は考えている。
つまり、運営上の問題ではなくサービス設計上の根幹として、「これ以上キャストを増やしていっても収益は頭打ちになる」か「これ以上の集客が期待できない」という宿命を見出したがために、損失に転じる前の段階で事業を畳むことにした、というのが本件に対する見解である。
では、ユメノグラフィアにどのような設計上の宿命があったのだろうか。以降で詳しく考えてみよう。
1対1のサービス提供は時間比例を超えられない
まずユメノグラフィアのサービス内容の中で、収益面のネックとなったであろう要素は「単一個人を相手にした時間チケット制」である。
ユメノグラフィアは、公式が販売する時間指定のチケットを購入し、予約制でサービスを利用する。決まった時間、1対1でキャストと触れ合えるというコンセプトは、ユーザーから見れば独占的にサービス利用が可能な仕様であり、プレミア感のある内容と言える。
一方、サービス提供側から見ると、このやり方はとても非効率だ。1人の顧客に1人のスタッフを充てる体制で、かつ提供時間に対応した固定金額のチケットを販売する。1単位の業務によって発生する売り上げはどう頑張ってもチケット1枚分である。
もし1対多のサービスであれば、1単位の業務で参加人数分のチケットが販売されるため、単位時間あたりの売り上げは集客できた人数に比例して大きくなる。しかし単一顧客を相手に独占してサービス提供を行うというコンセプトを採ったために、そうした等倍化の法則は成り立たない。したがって、運営全体の売り上げを大きくするには、キャストの数やマッチングできるルームの数を増やし、時間あたりに並行して稼働できる数を積み増すしかないのだ。
ここで問題となってくるのが、キャストに仕事をさせる以上、それぞれに等しく人件費がかかるという点である。同一の時間枠で10人が一斉に働いていれば、チケット10枚分の売り上げは確かに入ってくる。しかし、10人分の単位時間の労働も発生する。全員に給与を支払い、スケジュールを設定してチケット販売を行い……といった手間ばかりが増えていってしまうのだ。
機材の調達管理やルーム数の拡大といった支出も、人数が増えてくるとばかにならない。それこそ10人程度ならいいが、毎単位時間に100チケットを売るとなると、最低でも100人ものキャストを用意し、それぞれに機材を与えて業務をサポートすることになり、無駄に労力とコストを費やすだけのサービスになってしまう。
これでは、成長曲線を描くどころの話ではなくなるのも当然だ。下手をすればかさんだ運営コストが財務状況を圧迫し、会社本体の経営にまで影響が及びかねない。
別方面への派生が難しいビジネスデザイン
もう1つ、商業面でのネックとなった要素は、キャストの活動やサービス方式が他企業とのタイアップや多方面へのメディア展開にあまり向いていないという点だ。
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