戦慄!軍鶏vs渡辺少年〜振り返ればヤツがいる〜
またお会いしましたね。ドンデコルテの渡辺です。
予告どおり本日も渡辺史上もっとも怖かった生物、軍鶏と対峙した時のお話です。
マジで一番怖かった。乗っている自転車の前輪をトラックにはねられた時よりも、複数の野良犬にあとを付けられた時よりも、暴走族の集会の横を通らなければならなかった時よりも…こっちの話もまたおいおいするでしょうけど、今日のところはまた別のお話です。
さて本題に入る前に前回の『恐怖!軍鶏vs渡辺少年〜ヤツのスペック〜』をぜひともご覧いただいて、軍鶏のどこがどう怖いか具体的な怖さをぜひとも知っていただきだい。
お急ぎの方のために前回の言葉を借りて説明すると、軍鶏は「ラプトル超えのサイズで、戦いの意思をDNAレベルで受け継いでいる、刃のように立つ歴戦の武者」です。いやマジでマジで。とにかくそう思って聞いてください。
ではそんなアニマルコマンドーと4・5歳の渡辺少年はどのように相対したのか、今日はその流れをお話します。
あれは小学校にも入る前の夏休みの時期でした。家族で母方の祖父の家に行っていた時のことです。
田舎の農家を想像してもらえばそのまんまのような家で、祖父は犬、猫、インコ、金魚など動物をたくさん飼っていました。その中に…ヤツもいたのです。
何かを感じとっていたのでしょう。まだ何もされてないうちから渡辺少年は祖父に「俺おる時は絶対放し飼いせんでよ!」と強く言っていました。少年の懇願など大人にとって取るに足らないものだとも知らずに…。
その日渡辺少年は家族のお出かけに付いていかず、祖父の家に残って一人遊んでいました。
二人兄弟の次男である渡辺少年にとって一人遊びは贅沢な時間でした。兄か姉がいる方はわかるかと思います。普段は兄と遊ぶので、大概正義の味方が兄で私が敵、運よく正義の味方をやらせてもらえたとしてもブルーやグリーンが関の山、レッドを任せられることなどありません。そんな兄の恐怖政治から解き放たれる一人遊びは何でも思いのまま!
その日もプラスチックで出来た刀(普段は大刀を兄が持つので脇差の方しか持たせてもらえない)を握りしめ、庭の植え込みを敵と見立てて一人戦っていました。思いどおりのくせに見えない敵に苦戦してみたり。もうサイコーです。古語で言うとこよなし。死語で言うとウハウハ。芸人で言うと確変。
これがよくなかった。
高いところにあるものほど落下した時の衝撃は大きいものです。楽しんでいる分だけ恐怖に対する準備ができていませんでした。大喜びで一人遊んでいる少年ほど恐怖のどん底に落とすのが容易いものはいませんよ。
カサ…
背後の植え込みから妙な音がしました。もしかしたらもっと以前からしていたのかもしれません。それだけ夢中で遊んでいた渡辺少年ですから、気のせいに違いない…一旦はそう思いました。
…カサカサ…
いや間違いない…いる!見えない敵は音を発しません。背後に間違いなく何かがいる!まだ見ぬうちから背筋が凍ったのをいまだに覚えています。
ありったけの勇気をふりしぼってゆっくりふり返ると、1メートルくらい先でしょうか。ヤツがたたずんでいました。
「ああ…終わった…」
戦士の眼をした刃物の体を持つ生物と幼稚園児が向き合っている。フィクションでもこんなシーン作ろうもんならハイパークレームものですよ。
ただでさえ恐ろしい戦闘特化型生物です。喜色満面でつけ上がっていた渡辺少年は、一瞬にして絶望しました。
これ完全に余談ですけど絶望って上から来るんですよ。あと温度と重さがあります。血の気が引くのと似てるんですけど、もっと暗くて冷たいものがハッキリ頭のてっぺんから爪先にかけてズヌーって降ってくるんです。もう味わいたくないなあ。
直接対峙した軍鶏の迫力たるや。前回諸々お話ししましたけど全然足りない。鋭い爪、くちばし。冷静に私を観察する眼。準備万端、号令を待つだけの筋肉。刺すような空気。鶏小屋の金網越しとは全てが段違いでした。鳥類特有のカクカクした動きすら暗殺術の歩法に見えました。
漫画やなんかで強者に睨まれた瞬間自分が実際のサイズより小さく縮んでいくシーンあるでしょう?あれ本当ですよ。自分がどれだけ弱者か一瞬でわかります。さっきまで見えない敵をなぎ倒していた無敵の刀もいまやつまようじよりも頼りない。恐怖でガタガタ歯を鳴らすシーンもよく見るでしょ?あれも本当。歯はよく動くのに体は全く動きません。
どれだけ向き合っていたでしょう。長いようにも思いますし、1秒にも満たなかったかもしれません。渡辺少年が選んだコマンドは、「にげる」でした。悲鳴もあげられませんでした。そりゃそうですって。こっちは振り返る時に全勇気を使い果たしてんだから。
逆によく漏らしもせず足を動かしたとほめてもらいたいもんです。
ダッシュで逃げました。玄関に向かって力の限り走りましたね。
シュタッシュタッシュタッ…
渡辺の少年のボロいズックからはするはずのない軽やかな音が聞こえます。
使い果たした勇気の絞りカスで何とかもう一度振り返ると…。
ヤツはすぐ後ろをピッタリと付けてきているではないですか。
「終わった…」
渡辺少年、短時間で二回終わりました。
ピッタリ付けてきているということは余力を残しているということです。最初の絶望より退路すらないとわかったこの時の絶望の方が上でした。歌で言うならここがサビです。恐怖の登場シーンすらAメロでしかなかったんです。
絶対的強者が自分を襲おうと追いかけてくる。その姿は、
臆病者のことをチキンとか抜かしたやつ誰だよ!いい加減にしてくれ!臆病どころか獰猛そのものじゃねえか!
この瞬間が一番怖かったです。
ただ、今考えると戦わずに逃げたのがよかったんですね。軍鶏側も渡辺少年の戦闘力が分からなかったから余力を残して追いかけてくれました。もし一回戦ってたら弱いってバレてしまい、逃げた瞬間背後からバッサリいかれてます。爪でね。
そうしてなんとか玄関に駆け込みました。扉の外ではヤツが悔しげにバサバサと羽音を鳴らしています。渡辺少年はへたり込んでその音を呆然と聞いていることしかできませんでした。
騒ぎを聞きつけた祖父がここで駆けつけてくれました。祖父は渡辺少年も出かけたもんだと思って軍鶏を放していたようで、その謝罪を聞きながら渡辺少年はそこでやっと泣きました。
ただ子供のくせにわんわん泣かなかったんですよ。泣くと言うよりハァハァ言ってたら涙が流れていました。思えば真顔で泣いたのはあれが初めてかもしれません。
少年、本当によく生還したね。おめでとう。抱きしめてやりたいよ。
ロン毛の偉人がこんな言葉を残しています。「人は悲しみが多いほど人には優しくできるのだから」
私からの贈る言葉はこうです。
軍鶏に襲われたことのある人も人に優しくしようって思うよ!!!