
すりーぴーす
すりーぴーす
音が欠けていた私の人生にあの日から光が差したんだ。
2021年5月25日。私はこの街にやって来た。東京都内の住みやすい場所で、スーパーとか、中華料理店とか、お洒落なカフェとか、必要なスポットがほとんど揃っている居心地は申し分ない絵に描いたような暮らしができる都会だった。引っ越しは、午前中にはほぼほぼ終わって、業者の人たちは料金を支払ったらすぐにトラックで帰って行った。2DKのそれなりに広い部屋で、収納スペースも多いし、現代的なポップに彩られたキッチンがお気に入りの生活空間だった。ハンガーラックに大好きなジャケットやシャツ、パンツ、ブラウスなどを掛けるところから、室内のレイアウトをスタートして、荷物は最小限にしてあったので、残っている数箱の段ボールを開けて、頭の中でイメージした配置にセッティングすれば、突然訪問客を迎え入れる事になったとしても、違和感無く受け入れられるだろう。私も、スピーカーでリラックスできる音楽を掛けていて、そのメロディを鼻歌で口ずさみながら、作業していたのだけれど、お隣に住んでいる人は随分と本格的なアコースティックギターの音色をかき鳴らしていて、たまに手を止めて、聞き入ってしまう瞬間があった。そのタイミングと大体同じ時間にピンポンとインターフォンが鳴ったので、玄関のドアを開けたら水色のキャップを被った宅配の人が快活な表情で現れた。
お届けものです。
ありがとうございます。
ここにサインお願いします。
わかりました。
ありがとうございます。またよろしくお願いします。
昨日インターネットで注文していた組み立て式のベッドだった。1週間前渋谷に新しくできた家具屋さんへ行って気に入っていた製品だった。包装の箱を壊して中身を確認すると説明書を取り出し工具を準備してDIYを始める。軽快なリズムに合わせてトンカチを叩いていると心が和んで爽やかな気分に満たされる。私は、意外と手先が器用なんだなと嬉しさが込み上げてくる。外に干して置いた白いTシャツが風で揺れてそろそろいい時間になって来た事を知らせてくれる。1日の間ずっとパタパタと動いていたので昼寝でもしようかなとオフィスでも良く見かける人気ブランドのソファに腰掛けて眠る。15分経って1980年代のラブソングが鳴ってあくびをしながらアイスコーヒーを手に取って飲んだのと同時に再びベルが響いた。
誰だろう。頼んだ覚えはないのに。
隣のギターはこの時刻になっても演奏され続けていてバラードを練習している。
扉を開けて顔を上げると茶髪に青いパーカーを羽織った短パンとチェックシャツを合わせている爽やかな可愛い見た目の人がニコニコして元気な笑顔で頭をペコペコしていたのだった。
隣に越して来た居上です!
あら、私も今日越して来たんです。
偶然ですね。あの、これ、良かったら。
あ、ありがとうございます。何ですか?これ。
ホットプレートです。1台しかないんですけど、お隣ってここだけだし。
わあ、嬉しいです。あ、ちょっと待ってください。これ、良かったら。近所のパン屋さんで買ったものなんですけど。メロンパンとクロワッサン。
ありがとうございます。めっちゃ嬉しい。 その人は、その場でムシャムシャ美味しそうに食べている。
それから、近所で会う度にその人には、挨拶をする様になった。
1ヶ月に2、3回ぐらいだったけど、ゴミ出しの時や出掛けるのが一緒の時は喋り合って共通点こそなかったけど、なんとなく話が噛み合って楽しかった。
ある日、私が玄関のドアを開けると、同じモーメントで右側のドアも開いて、気まずかった。でも、外に出なくちゃならなかったので、ぎこちなく2人の右足が地面に着地するのが分かった。
朝早いんですね。
早すぎやしないですか?
いつもこのぐらいですよ。
僕もそうなんです。
忙しいですか?
ぼちぼち。駅までなんですけど。
私もです。 とか話していると、階段をギターケースを抱えたバンドマンが歩いて来た。
あれって隣の?
まさか夢島美音じゃないですよね。
歌の道のサラバあなたもファンですか?
大好きです。高校生からずっと。
相当似過ぎじゃないですか?ギタープロ級に上手いし。
それは思ってました。音漏れだけで、ライブ行った気になるレベルでした。
声掛けてみません?
いや、迷惑ですって。イヤホンしてるし。
私行ってきます。
あ、ちょっと。
すみません、あなたもしかして?夢島美音さんですか? そう私が聞くと、そのバンドマンはイヤホンを外して答えた。
そうですよ、バレちゃいました。
私、すごくファンなんです。こういうのダメですか?
僕、そういうの気にしないし、ここに住んでるの拡散しなければ、ずっと住むんで。じゃあ、忙しいから。
そのバンドマンはイヤホンを付け直して、携帯電話を打ちながら、部屋の鍵を閉めた。
すげえ、有名な人、生で初めて見た。
私も、プライベートは初めて。
カッコいいな、あっ、やべ遅れる。
わ、そうだった。 と、呟くと、私たちはサラリーマンの群れに加わり、平凡な毎日のゼンマイを巻き直して最寄りのホームを目指した。美しい日々が平和な形で幕を開けた。未来には、どんなアルバムが出来ているか楽しみでウキウキしていた。その日のSNSには、完成したベッドの写真と観葉植物を並んで掲載した。とても久しぶりの投稿だったけど、キャプションを工夫したらたくさんの人が見てくれた。帰宅途中にギターショップへ立ち寄って6000円の黄色いウクレレを買った。アコースティックギターはあからさま過ぎてためらいが先行して思い切りがつかなかったからやめた。この新しい武器はどんな風に私の世界を広げてくれるんだろう?今も、隣の住人は、オーセンティックなコードを弾いている。心なしか、反対の部屋からも、ドラムの音がしている気がする。私は、小さなウクレレの音を画面に収録して世の中と繋がっている理由を持った。
2021.6.6. Paul Thomas Mann Day
木下雄飛 KINOSHITAYUHI
MODEL/CREATOR
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