『私』と『私の周り』にあるもの
私は小学校の頃から「差別」が起こる構造を考えてきた。障がい者や外国人、老人や若者などさまざまな「差別」が今の日本にはある。
大人はそれを認めたがらないが日本は「差別」大国だと思う。『空気の研究』という書物の中で書いてあるが日本人は上司からもらった命令や周りの空気に流されて行動しやすいという。
私は虐めを受けた側だが中学校になっても「差別」されて虐められる人が数多くいた。
それは暴力という形で現れたり、暴言という形で現れたり、仲間から省いたり、さまざまな方法とやり方で「差別」が起きていた。
私は徹底的に「差別」に関わらないようにしてきた。その他人に対して優しいという私自身の性質が原因なのか過去の話なのでわからないが、何の理由もなく私は虐められた。
担任の先生に言うことも、両親に言うことも、キツく咎められ一才口封じされて誰にも相談できなかった。
その時に匿名で誰か相談する人がいれば私の状況は変わったのかもしれない。
現在でも「いのちの電話」などはあるが、学校にソーシャルワーカーを置く試みなどは進んでいない。
虐められていた時、唯一救いになったのが学級文庫にあった芥川龍之介の小説だった。
滝沢馬琴の南総里見八犬伝に題材をとった戯作三昧という小説は私を現実から引き剥がして文学を作るという方向に導いてくれた。
高等学校に上がると自由な校風だったので個性のぶつかり合いと異質な者に対する「差別」は残っていたが中学校ほど居心地は悪くなくなり、本も自由に読めたので村上春樹や小林秀雄を読み国語の力を磨いた。
そして大学に入り法学徒を全うしながら本格的に小説を書くようになると世界には「差別」の問題が私が思っていたよりも数多くあることを知った。
難民問題やジェンダーギャップ、障がい者の雇用、戦争孤児、貧困の問題etc...
国際関係論のゼミに入って論文を書く中で大量に書物を読んだが「私」は「私」の問題にこだわっていただけで「私の周り」には目を向けていなかったのだと思った。
18歳を過ぎるまで「私」の世界に生きていた自分は「私の周り」へ飛び出すことになったのだった。
それからの10年間は地獄の火車に乗っているようだった。
先日「私の周り」と対峙した「私」の小説を書き終えた。
LGBTの問題やファッションの問題を書く為に一人称は「私」のまま女性目線で書いている。
「差別」がない世の中への指標に私の小説が貢献できれば幸いだ。